谷山浩子、「静の非日常」
時間が歪んでいくようなファンタジー
タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
今年の4月、東京国際フォーラムで行われた谷山浩子のデビュー45周年コンサートは、他のアーティストのコンサートとは相当に異質だった。
もちろん、良い意味である。
コンサートが"非日常"と言われるのは、普段は出せない歓声を上げられるとか、身体を動かせるとか、"発散"と同義語で使われることが多いように思う。彼女のコンサートは全く反対だったのだ。「静の非日常」とでも言おうか。歌の世界に入り込んでゆく。「歌」というより「物語」と言った方が的確だろう。子供の頃に神社の奥の深い森を前にして感じたような非日常感。時間が歪んでゆくような、闇の中の迷路に誘い込まれてゆくようなファンタジーが展開されていた。
デビュー45周年の集約
9月13日に発売になった6年ぶりのオリジナルアルバム「月に聞いた11の物語」は、そんな彼女の真骨頂と言えるアルバムだった。
「物語を作るのは好きですし6年ぶりだし、やりたいこと歌いたいことだけ歌えばいいや、ということで気持ちがぎゅっと詰まってます」
彼女は筆者が担当するラジオ番組、FM NACK5の「J-POP TALKIN'」のインタビューでそう言った。
アルバムは、これまで他人に提供した曲やライブでしか歌ってこなかった曲、新たに書き下ろした曲などの11曲。タイトルにあるように、どれも一つの独立した物語になっている。例えば、彼女が「10歳の時に書いて以来50年ぶりのクリスマスソング」という「サンタクロースを待っていた」は、サンタクロースを待ち続けた子供の話だ。一番だけ聴いていると普通のクリスマスソングのような設定が、途中から変わってくる。何百年も待ち続けたサンタクロースは黒い衣装を着て目が白い。しかも「悪い子」を探しているというブラッククリスマスなのだ。
「10歳の時に書いた「クリスマスツリー」という曲も、クリスマスの時はイルミネーションが飾られて綺麗だけど、終わると全部はぎ取られて物置に入れられるという諸行無常の曲でした(笑)」
彼女のデビューは1972年。15才だった。7才の時から曲を書き始め、その頃は漫画家か作詞作曲家になりたかったという。小学校の時に好きだった歌い手が所属していたレコード会社に曲を持ち込む中で自分がデビューすることになった。そのアルバムのタイトルも「静かでいいな~谷山浩子15の世界」だった。その時は、自分で歌うつもりはなかったという彼女がシンガーソングライターとして本格的に活動を始めたのが77年。「ねこの森には帰れない」が出てからだ。テレビに出ることもなく、誰もが知っているシングルヒットがあるわけでもない。やはり今年の4月に出たシングルコレクションは3枚組50曲。新作アルバム「月に聞いた11の物語」は、キャリアを集約したようなアルバムになっている。
音楽に物語を求める
童話は大人のためにあるお話、という言い方は特別なものではないだろう。大人だからこそ理解できる教訓や人生観が綴られていたりする。彼女の曲もそうだ。一見あどけない話に毒が潜んでいたり、かわいらしい話の落ちが人間の生死にかかることだったりする。アルバムの一曲目の「きつね」は宮沢賢治の「土神ときつね」がモチーフになっているという。嘘つきのきつねと神様のお話は、「言葉を選ぶ」という意味の作詞という概念では語れない。
その最たるものが、「螺旋人形」だった。編曲を担当しているのが「世にも奇妙な物語」の音楽で知られる作曲家、蓜島邦明。月も夜も花も、全てがねじれて飛んで行く世界。螺旋階段と死んだ子供。インタビューをしていて「怖かったですよ」と感想を口にすると、彼女は「うれしい」と笑った。「いい曲ですね」でも「素敵な曲ですね」でもなく「怖い曲」と言って「うれしい」と言われたのは初めての経験だった。
「横溝正史に出てくるわらべ歌のような曲が書きたかったんです。殺人の見立てに使われるような歌。わらべ歌だけどちょっと不穏な感じにしたかった」
もちろん、そういう物語だけではない。愛らしいリスの恋物語もある。それぞれが絵本やおとぎ話集のように一枚のアルバムになっている。
彼女は、「今のポップスは全く知らないんです」と言って笑う。歌を書くというよりお話を作る。これまでの彼女の書いた曲が、ゲームやコミック好きな若者たちの間で静かなブームになっているのだそうだ。
音楽の聴かれ方が変わってきている。
音楽に物語を求める。
それも一つの非日常体験でもあるのだと思う。
(タケ)