未完成ながら室内楽の醍醐味がつまった、シューベルトの良曲

   夏は室内楽のシーズンです。クラシック音楽の本場ヨーロッパでは、9月が新シーズンの始まり、6月が1年のシーズンの終わりで、7~8月は日本のような「夏休み」ではなく、完全に「オフシーズン」、「バカンスの季節」という感覚です。

   大都市から人々はバカンスに向かい、街は外国からやってきた観光客が目立つ・・というのが夏の風景です。オペラやオーケストラといった大規模な演目は、演奏者も聴衆もバカンスに出かけているのが前提ですから、この季節は上演されず、9月からの新シーズンの「先行予約」がインターネットによって開始されている・・というのが日常の光景です。

   だからといって、音楽がなくなるわけではありません。バカンス先、避暑地などでは、このシーズンに限っての演奏会が数多く開かれており、人々は、シーズン中の日常とは違う舞台装置の中で、音楽を楽しみます。

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ご当地、ウィーンは「室内楽」がさかん

   ただ、設備の整った大都市のような舞台は望めない場合が多いため、大編成のオーケストラや大掛かりな装置がいるオペラ(中には夏のシーズン、それらの巨大演目を準備してお客をあつめるフェスティバルなどもありますが)などよりも、もう少し小規模な人数での演奏会・・すなわち室内楽中心の演奏会などが、各地で開かれます。

   日本もお盆の週は終わったといえ、これから休みを取る方も多い8月、今日は、室内楽のかわいらしい小さな曲を取り上げましょう。シューベルトの「弦楽三重奏曲 第1番」です。

   シューベルトは「歌曲王」という名前で呼ばれるほど、歌曲では佳作をたくさん残しています。一方、尊敬していたベートーヴェンを追うように、交響曲作品も残していますし、ピアノ曲でもじっくり聞きたい名曲を数多く残しています。

   しかし、彼は、本当のウィーンの作曲家です。他の地から活躍場所を求めてウィーンに来たモーツァルトやベートーヴェンと違って、生粋のウィーン子であったシューベルトは・・・そして、かれは主に経済的理由から一生ウィーンを離れることがありませんでした・・・・ウィーンで数多く演奏されていた「室内楽」の分野で、何よりも活躍するのです。

   シューベルトは室内楽作品として、数多くの、弦楽四重奏曲や、弦楽五重奏曲等を残していますが、今日の1曲の編成である弦楽三重奏曲、すなわち、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽器奏者3人で演奏される作品は、わずか2曲しか残していません。いや、本当のところ、1曲だけしか残していないといってもよいのです。

放置するにはあまりにも惜しい曲

   実は、「弦楽三重奏曲 第1番」は、未完成の曲なのです。ただ一つの楽章が書かれただけで、2楽章は最初の部分のスケッチ段階にとどまり、ついに、シューベルトは続きを書いてこの曲を完成させることはありませんでした。

   同じ変ロ長調で書かれた第2番は、全4楽章を持つ立派な曲に仕上がっていますが、第1番は、何らかの理由で、事実上の第1楽章のみ、で放棄されたのです。

   したがって、現在演奏できるのは、すべて演奏しても8分程度の「単一楽章」なのですが、未完成だからといって放置するにはあまりにも惜しい、デリケートかつメロディアス、そして、自然な音楽というシューベルトの魅力がつまった曲となっています。各弦楽器の扱いも、当時20歳前と若いのに、熟練した筆致で描かれていて、すでにシューベルトが室内楽の分野に精通していたことがうかがえます。

   有名な「未完成」交響曲をはじめとして、シューベルトには未完成作品が他の作曲家に比べても、数多くあります。それらは、「伝統的な古典派の音楽スタイルに当てはめると楽章が足りない」などの理由で、途中放棄=未完成とされるのですが、次々と音楽が湧き出てきたシューベルトにとって、興味が次の曲に行ってしまうのは自然なことだったのかもしれません。

   この曲が書かれた1816年は、彼にとって苦痛でしかなかった教師の仕事をやめて、本格的に作曲に専念しようとした変革の年で、大規模な交響曲なども複数手掛けていることから、室内楽でも小さな編成である弦楽三重奏の曲も、最初の楽章を書き上げたところで興味を失ってしまったのかもしれません。

   しかし、後世のわれわれは、残された単一の楽章から、この先シューベルトが書き続けていたら、全体としてどんな曲ができたであろうか、想像してしまうのです。形式を気にすることが多いクラシック音楽ですが、シューベルトのような、「未完成であるが魅力的な作品が多い作曲家」の作品を聴いていると、そういった固定観念に縛られず、これはこれでよいではないか・・・楽想の赴くままに楽しもうではないか・・・そんな風に音楽が語っているように感じられます。

本田聖嗣

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