嫌いな音楽を転化しコミカルな1曲に ドビュッシー、小さな名曲

   今日は、フランスの作曲家、クロード・ドビュッシーのピアノ曲、それも小さな1曲が登場です。「子供の領分」という6曲の小曲からなる曲集に含まれる「ゴリウォーグのケークウォーク」という曲です。

   もともとこの曲集は、題名にもある通り、初めての娘が生まれたドビュッシーが子供のことを思って書いた曲・・決して子供が向けの曲ではなく、演奏は結構難しいのですが・・・子供の無邪気な様子や、将来の夢や、子供を取り巻く環境を描写した音楽となっています。その証拠として、彼はフランスの作曲家であるのにもかかわらず、すべての曲の題名が英語でつけられていて、これは当時、夫人が英国趣味で、娘のベビーシッターが英語を話す人だったからだともいわれています。今ではファッションの最先端と思われているフランスですが、例えば香水など、多くイギリスからの輸入ブランドがフランスでもてはやされた時代があったのです。

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ジャズの原型が大っ嫌い!

   「ゴリウォーグのケークウォーク」は、最終第6曲目にあたり、力強いユニゾンの軽快なリズムから始まる、大変楽しい曲です。本来ピアノソロの曲ですが、人気が高く、他の楽器に多く編曲されて、演奏されてもいます。

   ところがこの曲、おかしなことに、「ドビュッシーの嫌いなもの」がたくさん詰め込まれているのです。

   通常、作曲家は好きなものを音楽の題材にします。気に入った詩から歌曲を、インスピレーションを受けた典礼文から宗教曲を、そして感激した脚本からオペラを・・というのが普通ですが、皮肉屋で、一筋縄ではいかないドビュッシーは、思いっきり嫌いなものを、モチーフにしたのです。

   1つ目は、「ケークウォーク」という音楽でした。いわば、ジャズの原型の音楽なのですが、ドビュッシーがこの曲を書いた20世紀初頭、パリでは、アメリカ南部にルーツを持つこの軽快な音楽が大流行していました。新大陸アメリカからやってきた、文字通り「新しい音楽」は、パリのカフェコンセールなどでパントマイム的なお芝居とともに演奏され、人々を魅了していました。

   ・・・そして、ドビュッシーは、その音楽がとても嫌いだったのです。フランスのクラシックの作曲家としての誇りを持つ彼にとって、アメリカの大衆音楽は我慢のならないものでした。

ワーグナーのオペラが大っ嫌い!

   2つ目は、ワーグナーのオペラ、「トリスタンとイゾルデ」です。「ゴリウォーグのケークウォーク」の中間部に、明らかにそれと分かる形でオペラの有名なモチーフが引用され、こともあろうに、そのあとに、それを小馬鹿にする観客たちの笑い声と思しき音楽が添えられています。若いころ、熱狂的なワーグナー信者だったドビュッシーは、そのあと、強烈なアンチ・ワーグナーに転じ、フランスの音楽を求め続けた、という経緯がありました。

   ・・・ドイツのワーグナーの音楽は、フランス独自の音楽を追及していたこの時期のドビュッシーにとっては、たまらなく嫌いなものだったのです。

   そんな、ドビュッシーは嫌っている2つのモチーフをこの曲に押し込めたのです。モチーフを、「おちょくった」扱いをしているので、作曲家ドビュッシーがそれらの音楽をからかっているのだ、ということは「一目瞭然」ならぬ「ひと聴き瞭然(?)」なのですが、それが、なんともコミカルな印象を曲に与え、結果として、大変楽しい、「子供の領分」の締めくくりにふさわしい華やかな曲となって結実したのです。

   嫌いな素材で美しく楽しい曲を作ってしまう・・ちょっと斜に構えたフランスの作曲家らしいドビュッシーが作り上げた、小さな名曲です。

本田聖嗣

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