なぜAppleやFacebookは大企業になり得たのか 経営の「本質」を説く
■「文化と芸術の経済学」(谷口正和著、ライフデザインブックス)
著者の谷口正和氏はマーケティング・コンサルタント。30年間にわたり世界を旅し、多くの都市を訪れ、各種のメディアを読み、社会の変化をキーワードに絞り込み、多くの著書を世に問うてきた。
先著『動態視力』(ライフデザインブックス)では、SNSが急速に発展する世界では価値観が急速に変化している。その先行きに目配りをと警鐘を鳴らした。
その谷口氏が、『文化と芸術の経済学』では、近未来のキーワードを明確に記している。章立てはなく、語りかける文体。ドリームアスリート、パーマネントトラベラーなど、これからの世界を象徴する新語も随所にみられる。
精神的な絆をプレゼントしてくれるSNS
自らの鮮明な体験から、世間を固定的にみてしまうことが誰にでもある。「文化と芸術、それなくして、これからの経済と経営はなりたたない」と谷口氏は問いかける。思わず反論したくなる方もあるだろう。
地域の企業は、大企業のようには販路が拓けない。マス・マーケティングに長けてはいないから。本当にそうだろうか。
「アップルやフェイスブックが、大企業になれたのは、近未来を創造しようと、顧客とともに進化したからではないか」
「未来はカオス。過去の延長やデータではとらえられない。ささやかな日常に非日常を求める生活者。自らの使命を見定め、起業し、ライフワークに挑む人々。なにかに貢献したり、なにかに繋がったり、他者との関係性に愛着を持つ情熱家がこれからの担い手だ」
「エシカル・ファッションが台頭している。コーヒー豆や紙にとどまらず、途上国、自然、社会から搾取していないことが、商品の存在意義、生産過程の哲学として問われている」
と筆者は語る。文化とは個人の特徴であり、芸術とはコンセプトをはじめ目に見えないものを個性豊かに可視化することだと。
そして、いまや、グローバルなファッション・ブランドまでが、環境や社会にかけた負荷を意識せざるを得なくなっている。これからは、想いや使命感といった精神的な絆をプレゼントしてくれるSNSが、マス・マーケティング以上に活躍するのではないだろうか。
新卒社員が退職するのは「うれしい悲鳴」
先日、国立公文書館を訪れ、昭和21年、帝国議会の議論に触れる機会があった。平和主義に立脚しようと、憲法を大胆に改正しようとする熱に胸をうたれた。それから70年。
懸命に働き、世界から3000万人もが観光に訪れる豊かな国となった。そのかたわら、精神の豊かさを求めて、中山間地や漁村に移住する人、社会貢献、地球貢献に進路を定める人が増えている。他人の幸せに貢献するという価値。そのことが自らの幸福だという認識が、SNSとともに拡散し始めている。いま、大企業に就職した新卒社員の10~30%が数年で退職するという。一度きりの人生をなにかに傾けようとする、うれしい悲鳴と言えるかもしれない。
地域の未来についても、飛騨高山や直島に多くの訪問者があるように、風土、食べ物、生活文化すべてが資源となる。そこで谷口氏は、「SNSはその魅力を伝える媒体であるが、やはり最強の媒体は、都市そのもの」だと。
経済と経営の担い手は私たちひとりひとりであり、人生を傾ける情熱にあふれるビジネスに、女神が微笑むと、筆者は問いかける。SNSの動画とメッセージを世界が共有する時代に、自らの個性が文化だと胸をはれば、それがビジネスにつながる、という著者からのメッセージ。中央省庁ではたらく私たちを含めて、これからを担う世代を大いに勇気づけるのではないか。
社会の善、他人に貢献するよろこびを日常生活に求めようとする世代。そうした世代が、世界の仲間たちと新たな価値観や哲学を共感し、専門知識や実務能力を養い、世界に発揮するようになれば、日本が新しい光を放つ、と期待したい。
(経済官庁 YK)