フランスの子供歌「ああ、ママ、お話したいの」 クラシックに取り入れられ大ヒット
先週は、イギリス民謡として広く人々に知られ、結果、後の世の作曲家たちに取り入れられて、クラシック、ジャズ、ポップスと広くアレンジされた「グリーン・スリーヴス」(参考:謎多きイギリスの名曲「グリーン・スリーヴス」 誰もが知っているのに由来も意味も不明)を取り上げましたが、今日は、それよりはるかに新しい、フランスの、しかも子供のための歌が主人公です。
きっかけはモーツァルト
19世紀のフランス人作曲家にして歌手、ジャン・バブティスト・ウェッケルランが、この曲「ああ、ママ、お話したいの」が記録に最初にあらわれるのは1740年だと述べていたのですが、彼は出典を明らかにしなかったので、なんとなくこの時代に歌われるようになった・・ということしかわかっていません。どちらにせよ、このメロディーが初めて出版されたのが1761年ということは確定しています。その出版時には歌詞はありませんでした。
そして、現在、オリジナルのフランス語の歌詞とされるものは、娘さんと思われる(実際は男の子の可能性も排除できませんが)小さな子供が、お母さんに悩みを打ち明ける・・それはお父さんが相談相手ではだめで、お父さんが私に持ってほしいと願っている分別より、私はキャンディのほうが大切なのよ・・・という一見他愛もないものですが、フランス語の詩の常として、表の意味のほかにも、裏の意味を推測することができ、実際は子供を主人公としているが恋の歌だ、とかダイレクトに恋の悩みをママに打ち明ける別バージョンの歌詞が存在するのだ・・との解釈もあります。
民謡、民族音楽の常として、発祥やオリジナルがはっきりしないのですが、大事なのは、この「フランスで大流行していたらしい民謡」が、広く他国の作曲家まで刺激したことです。1770年代の終わり、パリに就職活動と勉強に来ていたオーストリアの作曲家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトはこの素朴な民謡の旋律を気に入ったらしく、このメロディーをもとに、おそらく自分の生徒たちのために、練習曲的性格を持たせた変奏曲を作曲します。もともとはパリに滞在していた時代の作曲、とされていましたが、現在では、後にウィーンで、生徒の数が増えてから教育用に急いで作曲された可能性が強い、とされています。
このモーツァルトの変奏曲は、したがって、「『ああ、ママ、お話したいの』変奏曲」、と題するのが正確なのですが、民謡の旋律は広く国境を越えていたので、ドイツでは、「サンタクロースがやってくる」という歌詞がつけられ、イギリスでは、テイラー姉妹が考案した「トゥインクル、トゥインクル、リトル・スター」つまり、「小さなきらきら星」という歌詞を乗せて歌われました。その後、アメリカでは、「ABCDEFG・・・」となんとアルファベットが載せられてABCの歌、とされたバージョンも広く世界に知られています。
現代では起こりにくい現象か
イギリスで、「きらきら星」の歌詞がこのメロディーに乗ったのは1806年のことなので、1785年にウィーンの出版社から印刷譜として発売されているモーツアルトのピアノ変奏曲を「きらきら星変奏曲」と呼ぶのはおかしいのですが、フランス語の少しわかりにくいへんてこりんな子供の歌、よりも、英語の歌詞の夢がある「きらきら星」のほうが、広く・・・少なくとも日本では受け入れられ、モーツアルトのこの曲は「きらきら星変奏曲」と呼ばれることが多くなっています。
もっとも、民謡も有名でしたが、モーツァルトがピアノ変奏曲の主題にこの旋律を選んだということも、この曲の普及に多大なる貢献をしたはずです。ピアノを勉強する数多くの生徒がこの曲を「かのモーツァルト作品」として世界中で弾くわけですから・・・。
ちなみに、現代日本では「きらきら星」と呼ばれるこの民謡の旋律は、ほかに、モーツァルトと同時代の作曲家ハイドンが交響曲に取り入れていますし、ロマン派時代のピアニスト・作曲家のリストも作品を作り、さらには、発祥国フランスの19世紀の作曲家、サン=サーンスも、バカンスの余技として書いた傑作「動物の謝肉祭」の中にこのメロディーを採用しています。
しかしおそらくもっとも有名なのがモーツァルトの作品でしょう。フランス発祥の、素朴なメロディーは、イギリスの歌詞と合体し、さらには、オーストリアのモーツァルトの変奏曲・・アレンジ作品で、広く世界に知られた、と結論づけてもよさそうです。
著作権管理の厳しい現代ではなかなか起こりえないことかもしれませんが、「良い音楽は国境を超える」典型例かもしれません。
本田聖嗣