変化の時代にこそ「個人の成長」が不可欠 食糧安定供給と安全性への貢献を目指す日本モンサント
種子や農薬等の開発企業である米モンサント・カンパニーの日本法人、日本モンサント株式会社の社長を2002年から15年間に渡って務めてきた山根精一郎氏が2017年3月31日に代表取締役社長を退任し、新たに同社バイオ規制・環境部部長の中井秀一氏が取締役社長に就任した。
バイエルによる買収など今年大きな変化を迎えると思われるモンサントだが、日本モンサント新社長はどのような舵取りを行うのか。就任して間もない4月23日、中井氏に話をうかがった。
個人の成長を重視するのがモンサントのマインド
――社長に就任されて1か月にも満たない時期ですが、現在の率直な気持ちをうかがえますか。
私は入社以来、モンサントが開発した遺伝子組換え作物の申請登録業務に携わるバイオ規制・環境部を担当してきました。日本モンサントの柱となっている業務は、植物バイオテクノロジー、いわゆる遺伝子組換え技術を使って開発された作物の安全性の認可を取り、生産国で栽培されたものを日本が輸入できる環境を整えるというものです。ここ数年は私自身がその業務をリードしてきたことから、大きな心境の変化はあまり無いというのが、率直な感想です。
ただ、これまではバイオ規制・環境部だけをリードしていたものが、より高い視点から複数の部署を見る必要が出てきました。社長としてやるべきことは、各部署の責任者と共にゴールを明確に定め成果を上げることです。幸い日本モンサントには優秀な社員が揃っており、信頼していますので、社員が100%の力を発揮できるよう働きやすい環境を整えることで、おのずと結果が出てくるのではないかと考えています。とはいえ、「任せる」と言うのは勇気がいることで、社長としてこの点が課題であると感じています。
――ビジネスでは不変でも、バイエルとの協力体制や業界再編の動きなど今年は大きな変化が起きる可能性もあります。こうした時期にモンサントとして何が重要になると考えていますか。
バイエルの件はまだ正式に決定しているわけではありませんが、いずれにせよ会社の方針や姿勢に変わりはありません。一方でモンサントだけではなく、バイオケミカル業界全体が大きな再編の渦中にあることも事実です。モンサントは社員個人を尊重し、各々に成長してもらうというマインドを大切にしてきましたが、今のような変化のときにこそ、組織に依存しない個人の成長をサポートし促すことは、これまで以上に重要になるのではないかと考えています。
モンサントでは業務上の目標に加えて、各社員が成長するための目標も重視しており、社員それぞれの成長を支援するためのサポート体制も充実しています。実際にモンサントで経験を積んだ後に別の企業でエグゼクティブとなっている方はもちろん、日本モンサントから海外法人に異動しチームの責任者になっている方もいます。業界全体が大きく変化している今だからこそ、ただ上司からの指示を待つのではなく、自分から積極的に考え、行動していける人材への成長こそ、より重要になるのではないでしょうか。
私自身、日本モンサントに入社したきっかけは業務に興味があったことはもちろんですが、何よりモンサントの「人を育て成長を促す」というマインドに共感したことが大きな理由でした。現在、日本モンサントに所属している社員も全員が自分を高め成長する意志を持っており、私と思いを共有する信頼できる社員が揃っていると感じています。
統合型農業の提案で食糧安定供給に貢献
――信頼できるメンバーと共に、モンサントや日本モンサントはこれからの農業に対し、どのような課題を見出し、取り組んでいくのでしょうか。
日本モンサントは日本での製品やサービスの販売はしていないため、日本に限定した農業との関係はあまりないかもしれませんが、業務を通して日本での食糧安定供給に貢献していきたいと考えています。現在の日本における食糧事情は輸入に支えられ豊かであり、食糧の供給が脅かされるという状況は実感しにくいかもしれません。また、2053年には総人口が1億人を下回るとの試算が厚生労働省から発表され、需要も低下するように思えるでしょう。
しかし、世界全体を見ると人口は2050年には90億人に達すると予想されており、現在から30%も増加する見込みです。米国など一部の生産国の穀物に多くの輸入国が頼っている現状では、輸出国から今後も日本に対し無尽蔵に穀物が輸出されるのかという点には、疑問の余地があります。
輸出に回される穀物量は実は少なく、例えば米国ではトウモロコシだけで年間約3億5000万トンが生産されていますが、輸出に回されているのはそのうち15%にあたる約5000万トンにとどまります。輸出国にとっても自国の食糧安定供給が一番のミッションであり、それを満たした上での余剰分が輸出に回されているにすぎません。
また輸入の視点からも、アジアを中心とした経済発展による肉、卵、乳などの畜産物の需要の高まりに伴い、それらの家畜のエサとなる穀物の需要が急速に増加しています。例えば中国による大豆の輸入量は、かつて世界一の輸入国だった日本の300万トンを30倍近く上回る9000万トンに迫る勢いです。この状況が続くようであれば、日本で今後も同じ値段で同じクオリティの穀物や、穀物をエサにする家畜からの畜産物が安定的に入手できるのか、楽観できるものではありません。
このように視点を日本から世界全体に広げて見ると、主要栽培国の限られた農地で、環境負荷を抑えながらも、収量を高めていく持続可能な農業を実現させることが大切であることが理解いただけると思います。そして、日本などの輸入国に対しては、ただ食糧を届けるだけではなく、値段も安定した状態で供給しなければ意味がなく、この持続可能な農業の実現を通して「日本への食糧安定供給に貢献する」ことは、日本モンサントとして大きな責任だと考えています。
――具体的にはどのような貢献方法、解決策があるのでしょうか。
まず、大きな実績として遺伝子組換え作物があるでしょう。遺伝子組換え作物は商品化されて21年が経過しました。この栽培実績はもちろんですが、第三者機関による客観的な評価によって、穀物生産国の環境負荷を低減しながら収量を上げることに貢献していることが確認されており、食糧の安定供給にも貢献していると考えています。
さらに、モンサントが現在提案しているのは、前述の「植物バイオテクノロジー(遺伝子組換え技術)」に加え、「育種(品種改良)」「農業用生物製剤」「作物保護(化学農薬など)」「データサイエンス(精密農業)」、5つの技術を複合的に組み合わせた、いわば統合型農業です。
中でも個人的には、「育種」が遺伝子組換え技術以上に重要であると考えています。トウモロコシには約4万5000個の遺伝子があると言われていますが、今のところ遺伝子組換え技術で新たに付与しているのはわずか5~10個程度の遺伝子であり、これだけでトウモロコシの性質は大きく変わりません。組換え技術によって害虫や雑草の防除に役立つ形質を付与する一方、育種によって残りの膨大な遺伝子を最適化しより優れた品種を開発することで、初めて技術革新が実現します。
スマートフォンとアプリケーションに例えるなら、遺伝子組換え技術で付与される遺伝子はアプリで、育種技術により育成された品種はスマホです。アプリがいくら素晴らしくても、スマホの処理速度やバッテリーが向上しなければアプリを活用できません。スマホあってのアプリであり、育種技術は疎かにできません。
また、「データサイエンス」も前述の4つの技術を統合し、生産者に効率よく利用してもらうために不可欠なものです。肥料ひとつをとっても、過剰に提供したところで生産者の利益にはつながりません。精密に耕作地を分析し、必要なところに必要な技術を利用してもらう。限られたコストで最大限の収量をあげていただくためにも、統合型農業の要となる技術となります。
妥協のない安全性の追求と情報公開で責任を果たす
――社長としてモンサントの強みはどのような点にあると考えますか。
モンサントには大きく2つの強みがあると考えています。ひとつは「遺伝子組換え作物やその他の新製品の充実したポートフォリオ(製品群)」です。農業に限らず医薬などの分野でも、研究開発企業がどれだけのポートフォリオを有しているかは生命線であると考えています。また、モンサントは毎年売り上げの約10%以上を研究開発に投資しており、1つのヒット商品に安住することなく、常に技術革新に挑むモンサントの姿勢を支える原動力ともなっています。
もうひとつは最初にお話しした人材育成などを含めた、モンサントという「組織の強さ」です。モンサントではプロジェクトのゴールは決まっていますが、達成するためのアプローチの方法は現場に任せられています。もちろん組織の同意を得ることは必要ですが、社員が自分で戦略を立案し、行動していきます。何より自分で決めた戦略によってプロジェクトが動くため、責任を持って取り組みます。さらに、戦略を決める際は部署の垣根を越えて自由に議論する体制(マトリックス)も徹底されており、戦略を決めるまでは部署、上司、部下関係なく激しく議論しますが、一旦戦略が決まるとチームが一丸となって協力し合いながら進む速さは私も驚きを感じるほどです。
――食の問題に限らず、日本国内で安全性についての関心が高まっています。日本モンサントとして安全性とどのように向き合っているのでしょうか。
モンサントでは安全性の担保を研究開発の重要な要素であると見なしており、安全性に関するデータを分析するためだけに、米国本社には250人の研究者が在籍しています。さらに得られたデータは別部門の研究者によってクオリティチェックが行われており、自信を持って各国に遺伝子組換え作物の安全性申請をしています。
日本モンサントからも、日本で申請を行う2~3年前から米国側の研究者との話し合いを始め、日本で安全性を認めてもらうために必要なデータがあると判断すれば妥協せずに要求し、そのクオリティもしっかりと精査します。「少しデータに自信が無いけれど、とりあえずこれで出そう」というような甘い判断は決して行いません。常に科学的な根拠に基づき「どのようなデータを揃えれば安全性が担保されたと言えるか」という点では妥協はしません。安全性には大きな自信を持って申請していると自負しています。
――最後に消費者へのメッセージをお願いします。
モンサントは、農業の技術革新によって持続可能な農業の実現に貢献していることに誇りを感じ、日本モンサントもまた、日本の食糧安定供給に関わり、安全性を確保する業務に従事していることに社員全員がやりがいや誇りを感じています。
しかし、研究や技術が優れているというだけでは、企業としての責任を果たしていることにはなりません。今後は、私たちの活動を丁寧にお伝えする必要もあると考えています。「科学的に安全が担保されているのだからいい」という考え方では、消費者の皆様からの信頼は得られません。
私たちの安全に関する情報発信や対話を積み重ねることで、信頼を得ていくことが何より重要であると考えています。
プロフィル
中井秀一(なかい・しゅういち)
農学博士。2001年日本モンサント入社。モンサントが開発した遺伝子組換え作物を日本国内の関係省庁に申請登録する業務に携わるバイオ規制・環境部、同部長を経て2017年4月に取締役社長。実家は稲作を中心とした兼業農家で、4児の父親。