忌野清志郎の呪いか、東芝の苦難
発売中止の反原発「COVERS」から30年
タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
昔から「歌は世に連れ 世は歌に連れ」という言葉があるように、流行歌というのはいつの時代も世の中の動きと密接に関係している。
とは言うものの、歌は世に連れるけれど世は歌に連れない、という言い方もある。ヒット曲は世相を反映しているかもしれないが、歌がヒットしたくらいで世の中が変わったりしないよ、という意見だ。
「COVERS」のCD
「核などいらねえ」「放射能はいらねえ」
それが、である。今年に入って思いがけないニュースが経済面を賑わしている。そして、そんなニュースを見ながら、一枚のアルバムを思い出している。
ニュースというのは、東芝についてのものだ。先日、3月29日のニュースでも2016年度の最終赤字が1兆円を越すと発表されていた。倒産の声すら上がっているという。
原因は原発だと言うのである。アメリカの原発事業の子会社WHの負債。原発事業が東芝の屋台骨を揺るがしている。
ここまで書けば、勘の鋭い音楽ファンは何を書こうとしているかお分かりだろう。
一枚のアルバム。それは、88年8月15日に発売されたRCサクセションの「COVERES」であることは言うまでもない。忌野清志郎が自分の好きな洋楽を独自の訳詞で歌うというカバーアルバムである。収録されていたのは11曲。ジョン・レノンやボブ・デイラン、ローリング・ストーンズやエルビス・プレスリー。ロックの歴史を彩ったスーパースターたちの名曲ばかりだ。清志郎の言葉も単なる訳詞の次元を超えた味わい深いものだった。
それが発売中止になった。
その中の「ラブ・ミー・テンダー」と「サマータイム・ブルース」が原因だった。二曲とも原発と放射能が歌い込まれていた。前者は「核などいらねえ」「放射能はいらねえ」と歌い、後者ではテレビが流す原子力安全神話や原発が増え続ける日本列島への警鐘を鳴らしていた。
それが引っかかった。
「素晴らしすぎて発売できません」
発売元のレコード会社、東芝EMIは東芝の子会社であり社長は親会社から来ていた。公にこそならなかったが、親会社の意向であることは明白だった。間に入ってしまった当時の邦楽最高責任者であり統括本部長だった石坂敬一が「このアルバムは素晴らしすぎて発売出来ません」というコピーとともに発売中止の新聞広告を出すことになった。
当初の発売予定は8月6日、広島の平和記念日。急遽キテイレコードから発売になったのは8月15日、終戦記念日だった。一旦発売中止になったアルバムがそれだけ短期間に他の会社から出ること自体が異例だろう。それだけ業界でも波紋を呼んだアルバムだった。「COVERS」は、彼らにとって初めてのアルバムチャート一位となった。
忌野清志郎は、発売中止に反発して、翌年、覆面ゲリラバンドTHE TIMERSを結成、更に政治的な主張も交えたアルバム「THE TIMERS」を発表、過激なライブを展開していった。
今年は「COVERS」から30年目にあたる。「サマータイム・ブルース」の中では「37個も立っている」と歌われていた原発の数はその後も増え続け、今は54個。世界で第三位である。そんな増設の一翼を担っていたのが東芝だったと言って良いのだろう。一方で、2007年にはEMIを手放し、音楽業界からも撤退してしまった。その東芝が、今、原発が原因で傾いている。
清志郎は2009年に亡くなり、発売中止を決めざるをえなかった石坂敬一は、その後、東芝EMIに見切りをつけ、ポリドール(現ユニバサール),ワーナーミュージックの社長、会長を歴任、去年の年末、突然、この世を去った。東芝の現状を「COVERS」の報いであり「清志郎の呪い」のように思うのはこじつけに過ぎるだろうか。世は歌に連れない、かもしれない。でも、音楽が予見していることが少なくないのは、「COVERES」から22年後の福島原発の事故が証明している。アルバムの魂は生き続けている。
5月2日、今年も清志郎の命日がやってくる。【タケ】