人口減少なのに増える住宅・超高層マンション 将来は3戸に1戸が空き家に
■『老いる家 崩れる街――住宅過剰社会の末路――』(野澤千絵著、講談社現代新書)
私事ながら、7年前、義母との同居が必要になり、それまでの「持ち家は面倒、借金はイヤ!」という借家人生宣言を撤回し、築20年の中古住宅を購入した。同居して1年経たぬ間に義母は亡くなり、家族4人では大きすぎる二世帯住宅が残った。そして今、大人となった二人の娘達が出ていく日もそう遠くない気配。これから始まる長い老後生活とこの家の耐用年数を考えると、到底、ここで人生を全うすることはできそうにない。
また、評者には、首都圏郊外の築30年にならんとするマンションに住む老いた母がいる。夫婦二人には大きすぎる二世帯住宅、そして母のマンションと、住宅問題といえば、「この先どうする?」が、考えたくはないが避けられない問いだ。
2010年以降、新築住宅は年々増加
本書は、「人口減少社会」でありながら、これまでと変わらず、野放図に新築住宅や超高層マンションが建てられ、住宅総量や居住地域の拡大が続いている我が国の現状を憂い、都市計画や住宅政策の方向転換を求めた本である。
本書を読み、もし将来、自宅や母のマンションの処理に困ったら、売却するか賃貸にすれば何とかなるかも・・・と安易に考えていた自分がいかに甘いかを教えられた。
45年後の2060年の日本の将来人口は約8700万人。減少が始まった2010年の人口(1億2800万人)の約7割まで減少すると見込まれている。
一方、日本の総世帯数は約5245万世帯であるのに対し、住宅数は6063万戸。つまり820万戸も空き家(空き家率は13.5%)となっている。年々増加しており、団塊の世代の退場が予想される2033年頃には、何と3戸に1戸が空き家となる見込み。
驚いたことだが、これほど空き家があるのに、新築住宅の着工数は2010年度以降、年々増加し、2013年には新たに99万戸も新設されているという。人口1000人当たりの着工戸数の国際比較では、イギリスの2.8倍、アメリカの2.3倍、フランスの1.3倍と、極めて高い水準であり、とても人口減少社会とは思えない。
加えて、都市計画の規制緩和によって、居住地としての基盤(道路、下水道、学校、公園など)が整っていない地域でも、開発が容易となり、次々と新築住宅が建てられている。人口が減り始めているのに、新築住宅の着工戸数の約9割が、これまで住宅が建っていなかった土地に建設されている状況だ。
「住宅過剰社会」では、住宅が「負動産」となる!
著者は、こうした状況を「住宅過剰社会」と規定する。その定義は次の通りだ。
「世帯数を大幅に超えた住宅がすでにあり、空き家が右肩上がりに増えているにもかかわらず、将来世代への深刻な影響を見過ごし、居住地を焼畑的に広げながら、住宅を大量に作り上げる社会」
著者は憂える。
「人口も世帯数も減少する現代、焼畑的に居住地を拡大してしまうと、限られた人口や開発需要というパイを単に近隣のエリア同士で奪い合うだけにとどまり、全体として見れば、居住地を維持するために必要な税金の支出だけが増大していくという非効率な状況をつくり出してしまっている」
「このまま住宅過剰社会を助長すれば、将来世代に負の遺産となる住宅やまちを押しつけてしまうのです。最も迷惑を被るのは、私たちの子供や孫たちです」
住宅の過剰が進むと、売りたくても買い手がつかない、固定資産税や管理費などを払うだけの「負動産」となる住宅が急増するという。
・新潟県湯沢町で過去、大量に建てられたリゾートマンションが暴落し、10万円でも買い手がいない
・首都圏郊外の開発から40年が経過した住宅団地では、相続人が引き続き居住せず、長期にわたって空き家となり、周辺の木々・植物が覆いかぶさり、「再自然化」し始めた区域があちらこちらに見られる
・挙げ句の果てに、所有者と連絡がとれない、あるいは相続人がいない、わからないといった所有者の不在化・不明化問題すら生じている
著者曰く、「(住宅過剰社会においては)資産としての住宅の有用性が根本から揺らぎ始めており、住宅が資産とされたこれまでの時代とは全く異なるという事実を直視すべき」という。
超高層マンション「不良ストック」化、人口減少の郊外農地に新築が
東京の湾岸エリアに行くたびに、新しい超高層マンションが次々と建っていることに驚かされる。これらの地域には、「都心居住の推進」や「市街地の再開発」を目的として、特別に、容積率や高さ規制・用途規制等の大幅な緩和が認められており、近年の林立ラッシュにつながっている。
評者の周りにも、宿舎暮らしを脱し、東京の臨海部の超高層マンションに思い切って「終の住まい?」を求める同僚が見られるが、本書によると、超高層マンションは、一般的な分譲マンションと比べて、①火災・災害時のリスク、②建物の維持管理や老朽化した場合の対応に関する合意形成の困難などがあり、将来的に「不良ストック化」するリスクがあるという。
特に、住民(区分所有者)間の合意形成の問題は至難だとする。
実際、総戸数が多い大規模なマンションほど管理費の滞納が多く、500戸を超える規模のマンションの場合には、5棟に1棟で滞納住戸が総戸数の1割を超えるという。
最終的に超高層マンションの寿命が尽きた時に、建て替えるのか、それとも区分所有権を解消して解体するのか、その際の解体費用をどう捻出するのかなど、一般的なマンションですら容易に解決できない終末期問題を、住民間の連帯意識が乏しい超高層マンションの場合、どうやって住民の合意を得ていくのか、また、こうした合意を取り付ける能力を管理組合が持っているのだろうかと考えると、他人事ながら心配になる。
著者によれば、「私の周りにいる建設や都市計画の仕事をしていて、購入可能な年収層と思われる知人で、実際に超高層マンションを購入した人はほとんどいません」という。
埼玉県の川越市や羽生市など大都市郊外や地方都市では、既成市街地(市街化区域)は人口が減少する一方で、農地エリア(市街化調整区域)で新築住宅や賃貸アパートが建てられ、人口が増加するという現象が見られる。
こうした事態は、市街化調整区域の開発許可基準が緩和され、市町村が条例を定めれば、農地エリアでも宅地開発が可能となったことによって生じた。「人口を増やしたい」という動機から、約3割の市町村で実施されているが、これまでのところ、旧住民と新住民との軋轢、まちなかの市街化区域の開発意欲の低下、賃貸アパート乱立に伴う地域全体の家賃の下落や空き家率の上昇など様々な副作用が生じている。
加えて、隣接する市町村相互間で、限られた人口・開発需要を奪い合うために、規制緩和を繰り返すという「規制緩和合戦」とも呼べる悪循環も生じている。
こうした農地エリアでは、下水道や道路などの基本的なインフラが不十分であり、また、将来的には人口減少によって、ゴミ回収、救急医療、道路の維持管理などの行政サービス、さらには、宅配、訪問介護などの生活に必要なサービスが、移動時間の非効率や財源不足から十分に提供されなくなるおそれがある。
本書によれば、地方都市では、ホームヘルパーが1日で回れる世帯数が以前より減ってきているという。移動距離が長いために時間通りに訪問できなくなっているというのだ。
こうした事態を招来するに至って、市長交代によって、過度な規制緩和の見直しが行われる(川越市)など、新しい動きもみられているが、一度、規制を緩和し、農地をつぶし、無秩序な宅地化が進むと、利害関係者の抵抗も強まり、政策変更は容易ではないという。
住宅過剰社会からの脱却には住宅の公共性意識が必要
昨年閣議決定された「住生活基本計画」では、「(利用予定のない)空き家318万戸(2013年)→400万戸程度(2025年)」とする目標が掲げられた。人口減少が進んでいる状況を考えれば、本来は増加度合を抑制するのではなく、絶対数を減らす目標であるべきとも思えるが、遅ればせながら空き家対策に関する目標がセットされた意義は大きい。
また、2014年には、「コンパクト+ネットワーク」を基本コンセプトに、居住誘導区域などを設定し、公共交通とのネットワークを考慮する仕組みとして、「立地適正化計画」が制度化された。
著者自身も、こうした変化を「これまで地価が安く規制が緩い郊外部に向いていた住宅の開発が、将来にわたり居住を誘導すべき区域の未利用地や空き家のある土地へと向かう可能性を生み出した」と一定の評価をしている。
人口が減りつつあるという現実を踏まえれば、住宅の総量が減っていくこと、そして、居住地もコンパクトになっていくことは避けられない現実であろう。政策的には、わずかな一歩であろうが、人口減少社会における新しい都市計画や住宅政策へと本格的な展開が望まれる。
本書において、著者は、「住宅総量と居住地面積をこれ以上増やさない」、「今ある住宅・居住地の再生や更新を重視する」など、住宅過剰社会からの脱却するための7つの方策を提言している。
いずれも、もっともな提言だと思えるが、これらを現実の政策へと展開するためには、何よりもまず、住宅を普通の私有財産としての位置づけから、もっと公共的な財だという意識へと転換することが必要ではないかと思う。
これまでのように、住宅は職業人生をかけて稼いだ財産を投じて手に入れるものだという認識が変わらないとすると、なかなか意識の転換は難しいであろう。しかし、今後、住宅過剰時代が到来すれば、価格も下がり、持ち家ではなく、賃貸がアタリマエという意識も広がってくるのではないだろうか。
こうした状況の変化の中で、住宅の供給側にも需要側にも、それぞれ住宅の公共性に関する意識が共有され、住宅の立地などに関する公的コントロールへの抵抗感が減り、著者の提言の実現性が高まることを期待したい。
JOJO(厚生労働省)