米国の知の動向を知ることができる「入門編」
■『知の逆転』(吉成真由美インタビュー・編、NHK出版新書)
著者は元NHKディレクターのサイエンスライターであり、本書は、現代の「知の巨人」と呼ばれる6名に対し、2010年から2011年にかけて著者が行ったインタビューをまとめたものである。自分は見ていないが、NHKのEテレで関連番組も放送されているとのことである。
インタビューを受けているのは、ジャレド・ダイヤモンド(文明論、進化論)、ノーム・チョムスキー(政治体制と権力論)、オリバー・サックス(人間の能力と個性)、マービン・ミンスキー(人工知能とロボット論)、トム・レイトン(インターネットの発達と将来)、ジェームズ・ワトソン(科学の将来と分子生物学)であり、さすがNHK!という豪華な布陣である。彼らの金言をいくつか紹介してみる。
『知の逆転』(吉成真由美インタビュー・編、NHK出版新書)
なぜ現実的な問題解決型のロボットを作らないのか
マービン・ミンスキーは、インタビューの時期が東日本大震災や福島原発の事故と重なったこともあり、「なぜ福島にロボットを送れなかったか」という問題意識でインタビューに答えている。背景として、1979年のスリーマイル島の原発事故で誰も修復作業に入れなかった際、ミンスキーがリモコンで操作できるロボットの活用を提唱したことがあり、福島原発の事故でも同様の事態が発生したことがある。ミンスキーは、「研究者が、ロボットに人間の真似をさせることに血道をあげている」ことを問題視し、「なぜ、ドアを開けるというような、もっと現実的な問題解決型のロボットをつくろうとしないのか、まったく理解に苦しみます。原子力発電所の問題解決には、どれも何の役にも立たない」としている。このインタビューから数年経っている現在の状況はどうか。人間の真似という意味では、タレントのマツコ・デラックスを模した「マツコロイド」の人間っぽさは相当なレベルに来ていると感じる一方、流通大手のアマゾンが実施している、倉庫の中の作業の無人化するためのロボットのコンテストのようすがテレビで報道されていたが、棚から商品を出して別のところに移す、という作業でさえ、まだまだ人間には及ばないのが実態のようである。
インターネットのあり方についての議論
本書では、インターネットの将来に関するインタビューも多く掲載されている。インターネットのデータ伝送を担うアカマイ社の創業者でもあるトム・レイトンは、インタビューの時点で、携帯電話へのシフトや映画などの映像配信の増加を予測していて、実際にアカマイ社はこの流れに乗って今も成長を続けている。レイトンは、インターネット業界の将来について、「他の巨象がわれわれ(アカマイ社)を踏みつぶさないように、良きパートナーとしてともに歩んでいけるよう、気をつけなければならない。複数の巨象がいて、どの1社もインターネットを独占する訳にはいかない、というのがいい」としている。実際、現在のインターネットは、アカマイの他にもGoogleやFacebook、Appleといった巨象がいて、今の時点ではレイトンのいうような状況になっている。
これに対し、ノーム・チョムスキーは、「ほんの半ダースくらいの会社がインターネットに対するアクセスをコントロールしている」現状に警鐘を鳴らしている。チョムスキーは、インターネットに対する規制について反対の立場をとっており、「完全に自由にしておくために、公共部門下に置いておくべきだったかもしれない」とまで言っているが、公共部門の下でインターネットがここまで発展したのか?という疑問も残るところである。インターネットの在り方については、チョムスキーが懸念している情報へのアクセス手段の局所的な集中に加え、近年のサイバー攻撃・サイバー犯罪の増加という文脈からも議論を続けていかなければいけないのだろう。
チョムスキーは、インターネットの他にも、米国の「帝国主義」や中国の現状についても鋭い洞察を見せている。私としては、本書のなかではチョムスキーの章がいちばん読み応えがあった。本書はあくまで「知の巨人」のインタビューをまとめたものであり、本格的な解説書というよりは「読みやすい入門編」という位置づけだろう。著者の経歴の影響もあるのだろうが、本書で取り上げる「知の巨人」はいずれも米国の科学者であり、また、折しも米国の大統領選挙があった時期でもあり、米国の「知」の動向を知るには参考になる1冊ではないかと思う。
銀ベイビー 経済官庁 Ⅰ種