収穫量向上とコスト削減が重要 テクノロジーの導入で収益増を図る米国農家

   後継者難や農地の減少、TPPによる輸入野菜の増加など、日本の農業を取り巻く環境は厳しい。では、規模や生産物が異なる米国の農家では、どうなのだろうか。

   実際の米国の農業現場の実態を確認すべく、米国産の穀物や関連製品の輸出市場の開拓を目指す米国穀物協会が2016年8月1~7日に実施した、プレスツアーに参加した。

ウェンテ氏(右)と従業員のひとりホルスティ氏(左)
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たった3人で約2400ヘクタールの畑を管理

   農業の現場に立つ生産者として取材にこたえてくれたのは、イリノイ州アルタモントの農家、ウェンテ・ファームのロイ・ウェンテ氏だ。イリノイ州を含む中西部は、米国農業の中核地域とされ、全米でも屈指の大豆やトウモロコシ生産量を誇る。

   4代続く農家だというウェンテ氏の畑は100か所以上で、主な作物は大豆とトウモロコシ。総作付面積はなんと6000エーカー(約2400ヘクタール)になるという。

   農林水産省が発表している、日本の農家の平均的な耕地面積が2016年現在2.74ヘクタール、北海道でも27.13ヘクタールという事実と比較しても、その広大さは桁違いだ。しかもその広大な農地は、ウェンテさんを含めたった3人の従業員によって管理されているというから、驚きだ。

   ウェンテ氏によると、この5年間、作物の収穫量は高い数値で安定しており、2015年の総売り上げは約350万ドル(約3億5000万円)に達するという。

   収穫した作物は、ウェンテ氏自身がシカゴなどの市場で相場を確認し、用途や販売先を決定している。トウモロコシの場合、飼料のほかに、米国内であればガソリンに混ぜるバイオエタノールの原料としても一定の需要があるという。いくつかの農家が集まって、バイオエタノールメーカーを設立し、原料となるトウモロコシを栽培するという例もあるようだ。

   ただし、だからウェンテ氏がとても儲かっている、というような単純な話ではない。

「どんな事業にもコストが必ず発生します。農業の場合、水や肥料、農薬は不可欠ですし、種も毎年購入しなければいけません。さらに人件費に加え、農業機械の維持費だけでも年間100万ドル(約1億円)はかかります」(ウェンテ氏)

   結果的にウェンテ氏の場合、売り上げとコストの金額はほぼ同じ。しかも、コストは年々上昇しているという。つまり、今後も安定して利益を上げるためには、コストを抑えつつ、収穫量を少しでも増やすことが重要になる。

遺伝子組換え、生物製剤、精密農業で収量増

   そのためにウェンテ氏が取り組んでいるのが、積極的な先端技術の導入だ。今回の米国農業視察ツアーでは、最先端の農業技術を提供しているというモンサント・カンパニー(以下モンサント社)の研究施設や本社を訪問し、説明を聞いたが、ウェンテ氏もまた、そのモンサント社の先端技術をいくつか導入し、実際に成果をあげているという。

   まず15年ほど前に取り入れたのが、モンサント社のバイオテクノロジー(遺伝子組換え技術)による害虫抵抗性トウモロコシ。トウモロコシの根を食い荒らす害虫を防除するもので、これだけで平均収穫量は単位面積当たり0.5~0.6トン増加した。

   遺伝子組換え作物には、さまざまな意見もある。ウェンテ氏はどう考えているのか、率直にたずねてみた。

「多くの議論があることは把握していますが、私が知る限り、何らかの危険性を指摘する論文は存在しませんし、私自身は、収益を上げるために必要な技術だと考えています。収益が上がらなければ、そもそも農業を続けていくことができませんから」(ウェンテ氏)

   さらに、現在テストしているのが「農業用生物製剤」だ。生物製剤とは、自然界に存在する有機素材を利用した薬剤のことで、医療分野で利用されている感染症の予防接種用ワクチンや、血液から生成される血液製剤なども生物製剤にあたる。

   農業用生物製剤は、土壌中の微生物や植物抽出物、農業上の益虫などを素材とし、雑草や害虫の管理、ウイルス除去から、作物の健康維持や成長を促進までさせる。

   ウェンテ氏が試用しているのはモンサント社「QuickRoots(クイックルーツ)」というブランドで、種をコーティングすると、通常よりも根の成長が促進され、土壌中の養分を効率的に吸収できるとされており、実際に収穫量が増加したら、導入するつもりだという。

データサイエンスでテクノロジーの効果を検証

   また、米国農業のトレンドとして、ウェンテ氏は技術を導入するだけではなく、技術の効率的な利用や効果の検証をするため、データ管理アプリケーションも積極的に利用している。

   もともと米国ではトラクターなどの農業機械メーカーが、自社の機械と連動した農薬散布量や収穫量、土壌調査ソフトウェアなどを提供しており、ウェンテ氏はこれらを1990年代から利用し、畑のデータ管理に利用していたそうだが、2014年から、気象データや衛星写真、農業機械を通して得られるデータを分析してくれるモンサント社の「Climate Fieldview」というアプリケーションを導入しているという。

   例えば、雨が降ったとすると、気象データの降雨量をもとに畑の水分量はもちろん、雨によって畑に散布した肥料がどの程度流出してしまったのか、という数値まで「Climate Fieldview」が推算してくれる。

   あくまでも予測値ではあるが、生産者はこの数値をもとに、予定している収量を達成するために、どの程度肥料を追加すればよいか判断する材料にすることができる。

「各メーカーの農業機械に小型のドライブを取り付けるだけで、さまざまなデータが自動的に収集され、オフィスのパソコンはもちろん、iPadやiPhone上からでも確認することができます。データ管理アプリは多数存在しますが、これほどのものはないですね」(ウェンテ氏)

   こうしたデータや分析結果をあまり信用していなかったというウェンテ氏だが、たまたまよくチェックしていた畑の計測結果と、「Climate Fieldview」の予測値に大きな差はなく、今では広大な農地を効率的に管理するのに不可欠なものだと考えている。

「予測値が絶対だとは思いませんが、判断材料のひとつにはなります。例えば、窒素量のデータが信じられなければ、自分で畑に向かい土壌サンプリングをしよう、という判断ができるでしょう」(ウェンテ氏)

   先端技術の導入にもコストは発生するが、結果的に収穫量や効率的な畑の管理によってコストが抑えられるなら、今後も取り入れていきたいとウェンテ氏は語る。

   無駄な窒素肥料の量を削減するメリットは、コストだけではない。意外だが、農林業から発生する温室効果ガスは約24%を占めると言われる。大気中の窒素肥料は、温室効果ガスの発生にもつながるのだ。

   バイオテクノロジーや生物製剤によって生産性を高めると、温室効果ガスの抑制につながる。さらに、農地の肥沃度や気象データなどを継続的に収集し、効率を高めていくことで、温室効果ガスの発生要因を減らしていく。

   モンサント社をはじめ、農業にかかわる企業やNGOなどが取り組んでいる、先端技術を利用したこうしたカーボンニュートラル(温室効果ガスを発生させない)な農作物生産システムも、米国のトレンドとなっているようだ。

「収穫量が上がり、収益が得られなければ農業を続けることができません。環境にも配慮し、安定した農業を次の世代に引き継ぐためにも、技術は必要なものだと考えます」(ウェンテ氏)

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