シューマンの"大人の事情"が生んだ「子供の情景」 婚約者の父である恩師が結婚を激しく反対...
シューマンは、先週取り上げた「子供のためのアルバム」のように、本当に子供、つまりピアノの初心者のために書いた曲集も残しているのですが、もう一つ、曲のタイトルに「子供」とあるのですが、実際は全く子供向けでない、大人のための曲集を残しています。彼の代表曲集のひとつである「子供の情景」です。
家庭を...少し気の早いシミュレーション
「子供のためのアルバム」は、先週書いたように、シューマンの長女の誕生日祝いとして最初7曲が作られ、そのあと徐々に曲を書き足してゆき最終的に43曲の曲集としてまとめられたものです。「子供の情景」は、最初に一気にシューマンは30曲を作曲し、その中から13曲を選び抜いて一つの曲集とした、とされていますから、成立の状況は対照的です。さらに、「子供のためのアルバム」は実際にシューマンが自分の子供のために作曲する――つまりピアノ音楽を習わせる――という目的が動機になっていますが、「子供の情景」を書いたころのシューマンは、妻となるクララと当人同士では婚約こそしているものの、彼女の父親であり、ピアノの恩師でもあるフリードリッヒ・ヴィーク氏の激しい反対と妨害工作にあっており、結婚するまでにはまだ4年以上の歳月が必要...といった段階で構想され、作曲されたものなのです。
では、まだ結婚前のシューマンが、なぜ「子供の情景」を作ったか。それはとりもなおさず、結婚して子供のいる家庭を夢見ていたからに違いありません。少し気の早いシミュレーションだったわけです。そのため、この曲集は「大人の視点から見た子供の様子」が描かれていて、最後から2番目の曲には「子供は眠る」のタイトルが、そして最終13曲目には「詩人は語る」という題名がつけられています。子供の様子を観察していた大人が、最後には姿を現しているわけですね。
1番の有名曲「トロイメライ」は「夢」の意
シューマンは、作曲や演奏や指揮活動の他にも、若いころから音楽評論の仕事をしていました。同年代のショパンや、若きブラームスを楽壇に紹介したのも、評論家としてのシューマンでした。そのため、彼は熱血漢であったにもかかわらず、冷静に、客観的に、音楽や音楽家を評価する姿勢も常に持ち合わせていたのです。「子供の情景」は特にその姿勢が発揮された曲集と言えるかもしれません。
結婚にはまだまだ越えなければいけない数々のハードルがあり、実際にクララと結婚するまでには年月が必要だったものの、シューマンが「子供の情景」を作曲した1838年は充実した年で、ほかにも「クライスレリアーナ」や「幻想曲」、「ノヴェレッテン」といったシューマンの代表的なピアノ曲も同時期に完成されています。
これらの壮大な曲に交じって、将来の家庭生活を、それも「子供のいる」家庭生活を想像して創造された大人向けの曲集、「子供の情景」も、シューマンのピアノの代表曲となりました。そこには間違いなく、シューマンの大人としての「夢」が込められています。
「子供の情景」の中で1番有名な曲は、7曲目、「トロイメライ」です。文字通り、「夢」という題名のわずか2分30秒ほどの曲ですが、今でも世界中で愛され、演奏されています。
本田聖嗣