アラビアンナイトの世界を見事にオーケストレーション リムスキー=コルサコフ
現在の日本でも、安全保障関連法案の話題が注目を浴び、ちょっと飛躍ではないかと思える徴兵制に関することまで議論されていますが、国境が入り組み、過去紛争の絶えなかったヨーロッパでは、最近まで徴兵制をとっていた国も多くあります。フランスも2001年までは徴兵制で、それ以降完全志願制に移行しました。90年代にフランスに留学していた私は、同級生が兵役の話をしているのを聞き、身近にある軍隊を実感を持って考えてしまいました
"軍由来"のロシア的音楽 「力強気きグループ」結成の5人組
先週登場したフランスのイベールは、第一次大戦時、海軍に従軍しましたが、今日の作曲家も、海軍の経験があります。ロシアの、リムスキー=コルサコフ。曲は、彼の代表的人気曲である、交響組曲「シェエラザード」をとりあげましょう。
19世紀の後半になって、ヨーロッパにおいては辺境の国、ロシアで、「ロシア的な音楽を創作しよう」という運動が盛んになってきました。イタリアやドイツといった西欧の中心で発達したクラシック音楽を取り入れ、そこに彼らが考えるロシア的な要素を入れた新たなる作品を創り上げよう、というコンセプトでした。ロシア音楽の祖といわれる作曲家グリンカが登場した後、彼の意志を継ぐグループとして結成されたのが「力強きグループ」、通称「ロシア5人組」と呼ばれる作曲家たちでした。
作曲家たちといっても、当時ロシアにはそもそも作曲を教える学校さえなく、職業としても成立していないので、メンバーは「独学による日曜作曲家」がほとんどという実態でした。バラキレフ・ムソルグスキー、キュイ、ボロディン、そしてリムスキー=コルサコフというメンバーのうち、ムソルグスキーとキュイとリムスキー=コルサコフは軍人、ボロディンも軍に近い科学者、という本業を持っていました。当時の帝政ロシアで、経済的余裕がある程度あり、芸術などに打ち込める職業が、軍関係だった、というのは象徴的です。ムソルグスキーのように完全に軍籍を離脱する人がいる一方、キュイのように、生涯軍人であった人もいました。
遠洋練習航海が作品に大きな影響
ニコライ・リムスキー=コルサコフは、5人組の中では最年少のメンバーでした。貴族の家系に生まれ、海軍兵学校へ進んだエリート軍人でした。同時に小さいころからピアノを習っていたので、音楽の素養もあり、兵学校時代に、バラキレフの作ったグループに参加します。しかし、海軍士官候補生は、遠洋練習航海の義務があり、3年弱、故郷ロシアを離れて海の上に出ます。グループから離れていたため、作曲に対するスタンスは次第に冷めたものになったようですが、この航海中訪れた、ヨーロッパ諸国や南北アメリカの光景は、北の国しか知らなかったリムスキー=コルサコフに強烈な印象を残し、その後の作品に大きな影響を与えます。
遠洋航海から戻った彼は、5人組のリーダー、バラキレフに再会して作曲活動を始めました。そして、海軍に席を置いたまま、サンクト・ペテルブルグ音楽院の教授として迎えられます。しかし、海軍兵学校あがりのリムスキー=コルサコフは作曲の正規教育をうけたことなどまるでなく、これではいけないと、軍隊を除隊し、作曲やオーケストレーションを猛勉強しながら教える、という立場になりました。音楽の黎明期にあったロシアならではのエピソードです。
交響組曲「シェエラザード」
猛勉強の甲斐あって、彼は、5人組の中でも「管弦楽法の大家」といわれるようになり、ボロディンやムソルグスキーといった仲間の作品のオーケストレーションも担当するようになります。生徒も、ストラヴィンスキーやプロコフィエフといったロシア次世代のホープや、遠くイタリアのレスピーギなど、いずれもオーケストラ作品で名曲を残す人たちを門下から輩出します。
交響組曲シェエラザードは、「千夜一夜物語」アラビアンナイトの世界を原作とする交響組曲です。ロシア的な音楽をつくるために、彼はアラビアの素材を選んだわけですが、仲間のボロディンのオペラ「イーゴリ公」の完成を手伝ったのが、「アジア的ロシア」に目を向かわせるきっかけだったともいわれます。暴君シャリアール王と、彼を最終的に改心させる物語の語り手、シェエラザード妃にそれぞれ、金管楽器とヴァイオリンで旋律をあたえ、各楽章の間をつなぐように、演奏されるようになっています。まるで、「今晩のお話は...とシェエラザードが王に語り掛けているかのようです。それぞれのエピソードは必ずしも原典に基づいておらず、リムスキー=コルサコフがいくつかの話をミックスしたと思しき題名の楽章もありますが、第1楽章の「海とシンドバットの冒険」は、原作にある有名な船乗りの物語です。大海原の様子を低弦楽器によるダイナミックな伴奏型で表していますが、このオーケストレーション方法は、大変効果的だったため、その後クラシック音楽のみならず、映画音楽などでも数多く使われています。航海が本職だったリムスキー=コルサコフは、自分の音楽の代表作にも、素晴らしい海の情景を盛り込んだのです
本田聖嗣