史上最初期のオペラ「オルフェオとエウリディーチェ」

   この連載でも取り上げたように、現在「クラシック音楽」と呼ばれているジャンルの音楽は、ロマン派の音楽家メンデルスゾーンが「ちょい古」で忘れられていたJ.・S・.バッハの作品を復活上演したあたりから「名曲を繰り返し上演する」ジャンルとして定着してきました。

   じゃあ、バッハ以前の音楽は「クラシック音楽」に含まれないか、というとそんなことはなく、バッハも、先人たちの音楽を参考にして様式を受け継いでいますから、源流は、さらにさかのぼることが出来ます。今日の登場曲は、「もっとも古いクラシック作品」であるオペラ、イタリアのクラウディオ・モンテヴェルディによる「オルフェオとエウリディーチェ」です。マントヴァで1607年に上演された作品ですから、日本では関ヶ原の合戦の直後、江戸時代最初期、ということになりますね。

   オペラ、という単語は、イタリア語の祖先であるラテン語の言葉からきています。作品という意味のオーパス(Opus)――これは現在クラシック音楽では「作品番号」という意味合いで使われていますが――の複数形です。これを見ても、オペラおよびクラシックの発祥の地がイタリアだった、というのが定説になっています。

   厳密にいうと、史上最初のオペラ作品は「ダフネ」という作品で、ヤコボ・ペーリという作曲家によって1590年代に作られているのですが、こちらは楽譜が散逸してしまい、現代では上演することが出来ません。この作曲家も、モンテヴェルディと同じ題材をあつかった「エウリディーチェ」という作品がありますが、これはモンテヴェルディとほぼ同時期に作られています。

   クラシック音楽、として過去のレパートリーが繰り返し演奏されるようになる時代のはるか昔の作品ですから、オペラのような劇場作品でも、つまらなければ、直ぐに忘れ去られてしまったわけですね。

史上最初のクラシック作曲家というべきモンテヴェルディの肖像画
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音楽による劇的表現、旋律による楽器の指定 史上初めて行うj

   「オルフェオとエウリディーチェ」はギリシャ神話の悲恋物語です。冥界から妻エウリディーチェを連れ戻す途中、決して振り返ってはならぬ、と神からいわれていたのに、夫オルフェオは不安にさいなまれ、振り返ってしまい、妻はまた冥府に戻ってゆく―という物語です。こういったギリシャ起源の物語を題材とするオペラが盛んに作られたのは、もちろん、イタリアのルネサンス運動が、中世キリスト教の支配する文化に対して、それ以前のギリシャ文化の復興を伴って新たに芸術を創造しよう、としたことによります。ルネサンス運動は、間違いなく「クラシック音楽」の一つの源流です。

   モンテヴェルディは、ヴァイオリンの製作地として有名な、北イタリア・クレモナの出身で、マントヴァと後にヴェネツィアで宮廷楽長などを務めた音楽家です。「オルフェオとエウリディーチェ」がなぜ後世に残ったかというと、彼は、ここで初めて、現代オペラでは当たり前になった「音楽で劇的表現をする」「ある旋律にある楽器を指定する」ということを、史上初めて行い、劇的な効果を上げているからです。このオペラのアリアなどを聞いていると、400年も後の我々も、思わず心を動かされます。

   実は、このあと「オペラ」というジャンルは、出演する歌手の名人芸のほうに重きを置く「スペクタクル」と化してゆき、古典派と呼ばれる時代まで、後世に残る作品が生み出されにくくなるのですが、モンテヴェルディが工夫した「オペラ=作品」は時代を超えて、上演される作品となったのです。このことにおいて、私は、彼を、宗教音楽や、演劇伴奏音楽からはなれた、純粋音楽に力を与えた、という意味において、「クラシック最初の作曲家」と認定してもよいのではないかと思います。

本田聖嗣

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