"国際派"音楽家リスト、悩み多き晩年の水を題材にした曲
クラシック音楽の源流の大きな一つの流れは、ヨーロッパの宮廷の中にあります。後になって、民族音楽などの民衆音楽を要素として取り入れますが、最初は「支配者の音楽」でもありました。先週のスメタナが地元のチェコ語が苦手だったように、今日の主人公、フランツ・リストもハンガリー出身でしたがドイツ系の一族で、ハンガリー語は苦手、また若いうちからフランスに留学しましたから、ドイツ語やフランス語やイタリア語を駆使する、本当の国際人、でした。 彼はピアニストとして超一流で、パリの社交界では、演奏のすごさとイケメンぶりでご婦人たちを熱狂させた、現代のアイドル並みの活躍をしたのですが、今日の1曲、「エステ荘の噴水」は、そんな若きリストとは対照的な、悩み多き晩年のリストの、熟成したピアノ作品です。
ローマ郊外、世界遺産の噴水庭園
リストは、晩年には、祖国ハンガリーのブタペストと、ドイツのワイマールと、カソリックの本山、ヴァチカンのあるローマなどに住みます。ブタペストでは音楽院の院長、ワイマールでは宮廷楽長をつとめるために住んだのですが、ローマに限っては、仕事というより、彼の宗教心から居住を決めたようです。彼の2人の子供の死や、ロシア貴族の夫人との実らぬ恋など、リストには、心労が重なっていました。宗教に安らぎを求めたリストは、宗教曲や、宗教をテーマとしたオペラを次々に発表しています。そして、ついには、ローマに住むことを決めたのです。
この曲の題名にある「エステ荘」とは、世界遺産にもなっている、ローマの東の郊外にある、エステ家の枢機卿だった人物により造営された、広大な庭園をもつ別荘です。ルネサンス様式の建物も見事ですが、特に、丘の斜面を利用した庭園には、数々の噴水がしつらえてあり、見どころとなっています。都市ローマに遠くから水道を引いた古代ローマ人に敬意を表すように、ルネサンスの技術を駆使して、現代でも驚くような高さの噴水や、仕掛けを施してあります。
仏「印象派」絵画に多大な影響
リストは、一時このエステ荘に滞在していました。そして、ピアノ曲集「巡礼の年 第3年」に、エステ荘を題材とする3曲を作曲し、収録したのですが、その中でも特に「エステ荘の噴水」は、噴水を描写する華麗なるピアノのパッセージが人気で、単独でもよく演奏されます。
ヴィルトオーゾで一世を風靡したリストらしい、華やかな曲ではありますが、この時期のリストの心境や、他の作品を見ると、決して、華やかだけではない、人生の苦難と長い道のりを感じさせる、奥深い曲であることがわかります。
同時に、いつでも、音楽の新しいアプローチを模索していたリストらしく、次の時代を感じさせる要素もあります。次の時代、とは、音楽におけるロマン派の次の時代、近代の音楽です。「水」をモチーフに絵画の新しいムーブメント、「印象派」を生み出したフランスに、音楽として、多大なる影響を与えたのです。
本田聖嗣