クリスマスの定番、チャイコフスキー3大バレエ最後の作品
【週刊「日常は音楽と共に」本田聖嗣】
12月には、年末という側面と、クリスマスシーズンという意味の両方ありますが、ことクラシック音楽においては、圧倒的にクリスマスが優勢です。これはもちろん、クラシック音楽が発達してきた土壌が、ほとんどキリスト教国であったことによります。今や日本も、クリスマスを普通に季節のなかに組み込んでいますが、それでも、若干「年末感」のほうが優先されているように感じるのは、クリスマスとは関係のないベートーヴェンの「第九」が演奏会の曲目で目立つからでしょうか?
年末の「第九」に対抗してクリスマスを代表する曲が、今日の曲、ロシアの作曲家、P.I.チャイコフスキーによる「くるみ割り人形」です。どちらかというと日本だけの習慣である「年末の第九」に対して、クリスマスシーズンの12月、「くるみ割り人形」は世界中で演奏されます。
演奏される、といっても「くるみ割り人形」はバレエ音楽、ですから、バレエと共に上演される、といったほうがいいかもしれません。バレエと離れて、組曲「くるみ割り人形」として、オーケストラの器楽曲として演奏されることも、多くあります。「金平糖のおどり」「ロシアの踊り」「花のワルツ」といった、単独でも親しまれている曲がたくさんあるからです。
くるみ割り人形のもともとの原作は、ロマン派の音楽に多大なる影響を与えた、ドイツのE.T.A.ホフマンの童話を、フランスのA.デュマが小説にしたもので、少女クララが、おじいさんからもらった「くるみ割り人形」とクリスマスイブに不思議な体験をする物語です。クリスマス、という日は、人々に夢を見させてくれますが、この不思議なストーリーのバレエを見ていると、夢の中の世界に自分が迷い込んだような気分になります。
「年末の第九」は日本だけ 世界では 「くるみ割り人形」
交響曲や室内楽曲で、大きな足跡を残したチャイコフスキーは、バレエ音楽でも、三大バレエといわれる「白鳥の湖」「眠れる森の美女」そして「くるみ割り人形」を書いています。ロシアのバレエは、バレエの王国というべきフランスからの伝統を受け継いでいるところが多々ありますが、その本国フランスでは、バレエ音楽が純粋な音楽――我々がクラシック音楽とよんでいる音楽ですが――に比べて、一段低く考えられていました。一流芸術家が携わるものではなく、黒子的な作曲家が作る劇版音楽、の扱いだったのです。ところが、チャイコフスキーは、あまりにもバレエを愛していたために、自らの持てる力をすべて注ぎ込んで、1作目、白鳥の湖を作ったのです。最初は不評だったものの、その後、バレエにとって欠かせないレパートリーになりました。2作目、「眠りの森の美女」のまずまずの成功を受けて、「くるみ割り人形」の制作依頼があったのです。
バレエというのは、作曲家だけではもちろん、作ることが出来ず、演出家・振付師、そして踊り手・演奏者がそろって初めて作品になるため、チャイコフスキーの3大バレエも、少しずつ異なるさまざまな楽譜のエディションが存在してしまったり、「複雑すぎる」と音楽が受け入れられないことがあったりと、純粋な器楽音楽や、オペラとは違う難しさがあります。それでも、チャイコフスキーが力を振り絞って書いた音楽がなににもまして美しく、かつ、親しみやすいものであったために、これらの作品は、現在でも、もっとも上演されるレパートリーになったといってもいいでしょう。特に、「くるみ割り人形」は、クリスマスのファンタジーあふれる原作に、円熟期のチャイコフスキーの音楽がつけられ、素晴らしい作品が完成したのです。この作品が初演されたのは、チャイコフスキーの死の前年のことでした。
本田聖嗣