「地域が日本文化をつくる」伝統の再生を予感させる「本の学校」

   「地域創生」が大きな政策課題となっている。満足のできる医療サービスや高度な教育を提供するためには一定の集積がいる。都市の盛り場もそうだ。著名な文明評論家である山崎正和氏の最新の評論集「大停滞の時代を超えて」(中央公論新社 2013年7月)の「都市集中―選択は二つ、発想の大転換を」という論考は、ポスト工業社会での都市化の必然性を指摘する。「対人サービスと地域分散は両立し難い」とし、対策の方向として2つを示す。

   1つは、「この時流に果敢な抵抗を試みる選択」で、「その場合、私たちは生活水準を大幅に切り下げるとともに、大増税のうえ、その半分を話題の『ふるさと納税』にあてることになるかもしれない」というものだ。もう1つの選択は、「逆にこの潮流に積極的に乗り、都市集中をより賢明なかたちで推進すること」とし、「東京の人口を現在の二倍に増やし、そのほかに十箇所ほどの一千万都市を設けて、いわゆる多極集中をめざす」というものだ。

   なお、「『場所』のない時代の不安と憧れ」という論考では、「田舎暮らし」の流行について、現在のIT社会をみて、「隣人がどこにいても、どこにもいない世界のなかで、自由を極めた人類はあえて田舎の不自由を憧れ、みずからの居場所を確認したいと願っているのかもしれない」と喝破する。しかし、「憧れ」で生きることができる人は幸せである。

書店と読書環境の未来図
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書店数減少を「出版不況」と一括りにする前に...

   「都市化」という大きな流れに、どちらを目指すのか、その決断は非常に重いものだ。われわれは、実際には「憧れ」だけでは日々の糧を得ることも難しく、あいまいに時代の趨勢に流されていくと見るのが穏当なところだろうか。

   この評論集には、サントリー地域文化賞に深く関わった経験を踏まえた「文化こそ地域興隆の源泉」と題した、上記の文明論とは、やや趣きを異にする論考もある。抗し難い近代化の流れの中でも、「地域にまだ文化的な活力が残っていて、人がただ糊口を凌ぐだけでなく、自力で価値を生んでいることを信じたい」とする。地域が全国的な文化活動の拠点となり、「地域が日本文化をつくる」伝統の再生を予感させる動きの一例として紹介されているのが、「本の学校」の取り組みだ。「鳥取県米子市の今井書店は全国の有志の書店員を集め、『本の学校』を開いて不況下の書店経営の教育を施している。」という。

   2006年から東京ブックフェアの開催時に「本の学校・出版産業シンポジウム」が毎年行われる。今年もシンポジウム2014への提言として、2013記録集が公刊された。「書店と読書環境の未来図」(NPO法人本の学校編 出版メディアパル 2014年7月)である。第一部の2014年3月開催の特別シンポジウム「街の本屋と図書館の連携を考えるー地域社会での豊かな読書環境構築に向けて」には、公共図書館が「無料貸本屋」の批判から脱却して、街の書店と連携して、地域文化の拠点となる道がみえる。また、第2部の特別講演「人と地域から"求められる書店"とは?」では、やりようによって、地域文化に貢献する書店の存続の可能性を見出せる。全国どこでも本の値段が一緒という再販制の存在理由はそこにあるはずだ。問題の1つに、意欲ある新参者に、参入のハードルが高いことがあるのは間違いない。業界に「やってみなはれ」精神がなければ、衰退するのは当たり前ではないか。

   書店数の減少を「出版不況」と一括りに報道するマスメディアには、山崎氏のポスト工業社会の都市や「憧れ」への深い洞察も踏まえ、より踏み込んだ調査報道を望みたい。

経済官僚(課長級)AK

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