福祉を愛する者による現行制度批判

「反福祉論」(金菱清・大澤史伸著、ちくま新書)

   「反福祉論」、タイトルにギョッとして手に取った。「ついに日本の新自由主義もここまで来たか」、タイトルからはそんな印象を受けたが、内容は真逆。現行の福祉制度の意義と限界を踏まえて、制度の枠を超えた自由で柔軟なものへと発展させていこうという積極的提案である。

反福祉論
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制度の枠にとらわれない自由で柔軟な支援

   先日、連休を利用して、震災から3年半以上が経過した被災地を訪れた。瓦礫は取り除かれ、あちらこちらで様々な工事が進んでいる様子を目にする一方で、仮設住宅では将来が見通せない中で、気力を失いかけている多くの高齢者に出会った。待ち望む復興住宅は数年先と言われ「入居する前に天国に行ってしまう」と投げやりに語る方、放射線量が下がって帰還できる日が来たとしても「一体、何人が戻るのか、町は再開できるのだろうか」と帰還後の生活を憂える方など、長引く避難生活に疲れを隠せない様子を目の当たりにした。

   同時に、こうした方々を支えようと震災以来、活動を続けている人々に出会った。移動手段がない方々を実費だけで送迎する「Rera」、巨大仮設住宅の一角で、現行の福祉制度では支援の対象とならない方々へのサポートを続ける「あがらいん」。共に石巻の地で、既存制度の枠外で、柔軟な支援を提供し、地域の人々にとって無くてはならない存在となっていた。

   支援を担うスタッフは、みな、いきいきとしていた。確かに地域住民は疲弊しているし、介護保険や障害者制度といった安定的な制度の裏付けがある活動ではなく、事業の持続性に不安はあるのだろうが、日々、新しい挑戦を続けている様子は頼もしく感じられた。そんな雰囲気に魅了されて、各地からシニアを含め多彩なボランティアがやってきて、活動を支えていた。

   本書でも、福祉版「シンドラーのリスト―生活困窮者の最後の拠り所―」、「ドヤ街のスピリチュアル・ケア―ホームレスはなぜ教会へ?―」など、現行制度では福祉サービスの適用が受けられない人々を支援する取組みが、そこで働く魅力的な人々とともに紹介されている。

現行制度の「落とし穴」を埋める

   本書は、現在の福祉制度には「落とし穴」があると指摘する。高齢者、障害者、母子家庭といった支援対象者を定義し、「線引き」することで、他の支援を必要とする者を排除する一方、逆に、これらの支援対象者を「弱者」としてレッテル貼りすることで、囲い込み各人が持つ可能性の発揮を阻害してしまうというのだ。つまり、制度が存在するが故に、本来、支援が必要な者にそれが届かず、枠をはめられた支援対象者はその枠のために自らを生かしきることができないというジレンマが生じているのだ。

   加えて、少子高齢化、経済の低成長という制約条件の下、福祉制度をこれ以上拡大していくことは期待できず、むしろ、「社会から弾き飛ばされ、排除される人々」が今後増える可能性が高いという。

   そのような状況の中にあって、支援を必要としている人々の個々の事情に応じて、柔軟に、そして適切な支援を行うためには、担い手が自分たちのミッション(理念)を自覚しつつ、制度の枠を超えて対応していくことが必要となる。

   このプロジェクトは、孤独であり、経営的にも厳しい覚悟が求められる「戦い」となる。しかし、そこには「普通の」福祉事業では見られないダイナミズムとともに、開かれた可能性がある。担い手にとっても、支援の受け手にとっても、新しい経験となるのだ。

既存の制度やこれに依拠する事業者への警笛

   タイトルは「反福祉論」、見出しは「福祉制度に替わるセーフティーネット」、本書は一見、現行制度を全面否定するかのごとく見えるが、真の意図は違う。

   「本書の『反福祉論』とは、(中略)福祉の概念や実態をもう少し広くとることで、福祉の内実を豊穣にすることに狙いがある。すなわち、人々の福祉的行為をこれまでの福祉『制度』や福祉『施設』に閉じ込められたものに固定せずに見てみることで、福祉の持つ本来の意味について考えてみようというのである」

   「社会福祉の実践というものは、有名無名を問わず、あるいは団体・組織等の有無を問わず、そのような実践活動が積み重ねられて、大きな力となって、行政がそのことの重要性を認識して、制度・政策に反映されるようになってきたのである。言葉を換えるならば、既存の公的な福祉制度の枠を超える戦い(実践活動)を行い、その戦いによって既存の公的な福祉制度の枠を広げてきたのである」

   つまり、制度化された福祉と制度化されていない福祉は、相反するものではなく、連続的なものなのだ。

   しかし、本書は、既存の制度やこれに基づく福祉サービスが決して、本来期待された役割を果たしていないことを批判している。それは、現在の福祉事業が制度化される過程で、自主的な活動から、行政から委託を受けた「仕事」となり、決まった枠組みの中で、決まったとおりにこなすことを求められているためでもある。

   現在、福祉の中心的な担い手である社会福祉法人の「内部留保」問題が社会的な関心を集めている。現行制度の下で各法人に蓄えられた資産が日本全体で2兆円にも上っているという指摘である。そこには、今日、社会福祉法人は単に行政から委託を受けた仕事だけをする「下請け機関」に過ぎないのかという批判とともに、「福祉」とは一体何なのかという根源的な問いかけがある。本書はこうした問いに対し、一つの示唆を与えてくれている。

厚生労働省(課長級)JOJO

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