秋に温もりのクラリネット

   今年の日本は全体的に残暑が少なかったせいか、秋が早くやってきたような気がします。秋は深まりと共に、木々は色づいて綺麗な紅葉となり、やがて、葉も落ちて、冬支度、となります。秋の訪れが早かった分だけ、冬の足音も足早に聞こえてきました。日本列島各地での木枯らし1号や、初雪の便りも、例年より、ずいぶんと早かったようです。

   晩秋から初冬にかけて、寒くなると共に、温もりが恋しくなりますが、クラシック音楽、特にオーケストラの中で、「温かい音」を出す楽器に、木管楽器のクラリネットがあります。 実は、管弦楽団の中で常時活躍する楽器としては、クラリネットは一番の新参者で、(時々参加する楽器ならサクソフォーンなどがありますが、それらを除くと)、モーツアルトの交響曲においては、最後期の4曲にしかクラリネットが使われていません。

モーツアルトの自筆サインが印刷された楽譜集
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クラリネット五重奏曲K.581

   彼の時代では、「新し過ぎて、まだまだ改良が必要な楽器」と思われていたのですね。彼と時代が重なっているベートーヴェンは、自作の交響曲には全てクラリネットを取り入れていますから、急速にこの楽器の改良が進んだことがうかがえます。

   そんな、未熟な楽器であったクラリネットに未来を見たモーツアルトは、数少ないとはいえ、素晴らしい名曲を生み出しました。今日取り上げるのは、彼のクラリネット五重奏曲K.581です。同編成の未完のものは数曲ありますが、完成した作品は、この1曲しかありません。

   彼の早すぎる死のわずか2年前に書かれたこの曲は、当時のモーツアルトの苦境――それは経済的困難と、自作の人気が落ちてきたことへの焦りなどでした――を微塵も感じさせない、穏やかな作品になっています。彼は経済的援助を期待して、晩年にフリーメーソンの会員となり、「魔笛」などのオペラを書いたことは広く知られていますが、同じメーソンの会員でもあり、宮廷楽団のクラリネット奏者であったシュタドラーという友人を、ソリストに想定して書いたといわれています。シュタドラーが名人で、現代には伝わっていない、当時にしか存在しなかった、クラリネットの改良楽器で演奏された、ともいわれていますが、自筆譜が残存していないため、詳しいことは未だにわかっていません。

音楽が人間の心をもみほぐす奇跡の一例

   現代の演奏では、モーツアルトの時代の楽器とは、音色が少し違うかもしれませんが、この曲の価値は、微塵も変わりません。それは、モーツアルトが「天才」と形容される理由でもあるのですが、彼は、いつも、決して、「多すぎず、少なすぎない」音で、曲を書き上げるのです。もともと温もりを感じるクラリネットの音色を、4つの弦楽器の上にそっとのせてゆく...と形容したくなるモーツアルトの筆は、シンプルな音楽がこれほど人間の心をもみほぐすのか...という奇跡の一例です。

   寒さを感じたら、モーツアルト。天才は、音楽の温かさを、後世の我々に残してくれました。

本田聖嗣

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