東京で初の「キトラ展」 朱雀、白虎、玄武など公開 「地元以外ではもう見られない」高まる人気
東京・上野で春の展覧会シーズンの幕が開いた。今年の目玉は「キトラ古墳壁画展」だ。今回が最初で最後かも、といわれる東京公開(4月22日から東京国立博物館で)。古の日本の姿を間近で見ることができるきわめて貴重な機会だ。この「特別展『キトラ古墳壁画』」の内容を紹介するホームページへのアクセスも増え、前人気が高まっている。
1983年にファイバースコープで調査、発見
キトラ古墳壁画「四神」より「白虎」
写真提供 奈良文化財研究所
キトラ古墳(奈良県明日香村、7世紀末~8世紀初め)は直径13.8メートルの円墳だ。「キトラ」という名前の由来や、被葬者については判明していない。
すぐ近くの高松塚古墳で1972年、彩色壁画の大発見があった。このキトラにも同様のものがあるらしい――そんな地元民の指摘に基づき、1983年にファイバースコープで調査。石室内壁に「玄武」の彩色画が描かれているのを見つけた。さらにその後の調査で、玄武とともに四方を守護する四神とされた朱雀、白虎、青龍のほか、天井に天文図、壁の下部に、ネズミ、ウシなどの動物の顔と人間の身体を持つ十二支も見つかった。
これらはいずれも中国の陰陽五行思想に基づいて、石室を一つの宇宙に見立て、被葬者の魂を鎮めるために描かれたとみられている。ほぼ同時期に造られた高松塚古墳の壁画が、ゆったりした筆遣いで男女の群像を描き、洗練された美しさを見せているのに対し、キトラ古墳の壁画は、純朴で力強い線描が特徴だ。
痛みが激しいこともあり、その後、壁画は壁から取り外され、明日香村内に設置された修理施設で、クリーニングなど修理保護作業が続けられてきた。今後は2016年度に開園予定の国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区内の「体験学習館(仮称)」で保存管理・公開されることになっている。
壁画は2006年から10年にかけ、明日香村の施設で限定公開されたことがある。足の便が悪いにもかかわらず、のべ27万人が見学に訪れた。今回は「四神」のうち、朱雀、白虎、玄武、「十二支」のうち、「子・丑」が公開される。村の外まで持ち出され公開されるのは初めてだけに、全国から熱心な考古学や古代史ファン、美術愛好家が詰めかけることになりそうだ。
特別展「キトラ古墳壁画」は2014年4月22日(火)~2014年5月18日(日)。東京国立博物館本館特別5室。