【書評ウォッチ】脱サラ農家が考えた「キレイゴトぬきの農業論」 セオリーをクールに分析、切り離す
脱サラして農業を始めた人が先入観にとらわれることなく考えた『キレイゴトぬきの農業論』(久松達央著、新潮新書)がおもしろい。
「有機農法=安全」「農家=清貧な弱者」「農業=体力が必要」のセオリーを現場体験から誤解・神話だとクールに分析し、自分の農業から切り離す。頭から全否定するのとはちがって、実際にやってみた人だから語れる話。力まない筆致にも説得力がある。日経新聞の無署名書評がいう「農業のイメージを一新する好著」とまでいくかどうかは読者の受けとめ次第だが、この分野では間違いなくユニークな問題提起になっている。【2013年10月13日(日)の各紙からⅠ】
「おいしい品種を旬に栽培して鮮度よく届ける」
『キレイゴトぬきの農業論』(久松達央著、新潮新書)
著者は慶應大学経済学部を卒業して大手企業で輸出営業などをした後、野菜農家へ転身したそうだ。どんな経歴の主が考えてもいいのだが、これまでは、ともすると有機野菜の安全性ばかりを強調する傾向があった。著者も「危険な農薬を使わずに野菜をつくりたい」と始めた一人。しかし、やっていくうちに疑問を感じ始めたらしい。
その答えを、畑で農作業しながら「自分の頭と手で考えた」という。虫や病気にも打ち勝つ有機農業の強みを否定はしないが、有機でなくても健康な野菜はできる、ルールを守って適度に農薬を使えば害はまずないと主張する。
やがて「おいしい品種を旬の時期に栽培」すれば良い野菜ができ、それを消費者に「鮮度よく届ける」ことを実践しようという結論に。ソーシャルネットワークも活用して、宅配や直接販売でニーズにこたえていくやり方だ。
誰でも「オリジナリティーに富んだ農業経営が可能」
原発事故でキャンセルの山、風評被害とは何かを考えさせられた時期もある。それでも、農業がしたいという原点はゆるがなかった。
防虫、雑草対策から放射能騒ぎまでの体験的農業私論。そのうえで、どんな人でもそれぞれの「強みや個性を素直にいかせば、オリジナリティーに富んだ農業経営が可能」「こんなに面白い仕事はない」と言い切っている。
『どっこい大田の工匠たち』(小関智弘著、現代書館)が東京新聞に。町工場の街・東京大田区の凄腕職人たちを旋盤工経験もある作家が尋ね歩いた。磨き上げた技と独自の人生観。ものづくりを支えるとよく言うが、本当にこの人たちが日本の力だ。かつて八千以上あったという大田区の町工場だが、いまは半減。「それでも、どっこい大田の工匠は生きている」と、評者の平川克美さんがうなずく一冊だ。
(ジャーナリスト 高橋俊一)
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