霞ヶ関官僚が読む本
混合診療、なぜ全面解禁できないのか 懸念される「お金」による医療格差

   「混合診療」、小泉政権時代から今日に至るまで、常に、規制改革の主要課題として論争が繰り広げられてきた。徐々に規制は緩和されてきたが、「原則禁止」の基本方針は堅持されている。

   本書『混合診療 「市場原理」が医療を破壊する』(出河雅彦、医薬経済社)は、この混合診療問題について、禁止原則に関する最高裁判決、歯科の差額徴収、ドラックラグ、そして粒子線治療の保険適用等の事例を紹介しながら、なぜ全面解禁が問題なのかを教えてくれる。

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いい加減な治療が広がる懸念も


『混合診療 「市場原理」が医療を破壊する』

   「混合診療」とは、医療保険が適用される診療と保険が適用されない自由診療を併用すること。日本では原則禁止とされている。例えば、今、日本では未承認の治療法を受ける場合には、その費用だけではなく、診察や検査の費用などすべてが自由診療となり、全額を自己負担する必要がある。

   何と頑なな規制なのかと感じる方も多いであろう。併用を認めれば、治療の選択肢は広がるし、公的保険の支出も抑えられる。どんどん進めればいいではないかという意見もある。実際、介護保険では、「混合介護」は認められている。

   なぜ解禁しないのか。

   最大の懸念は、負担能力によって受ける医療に格差が生じるおそれがあること。本書では、一例として、歯科の差額徴収問題を取り上げている。歯科の世界では、昭和40年代、保険でカバーされる料金との差額を徴収することが広く認められていた。当時の値段で100万円を超える事例も稀ではなく、その高額さが社会問題となった。

   当時の日本歯科医師会が会員向けに出した通知にはこう書かれている。

「なるべく患者との対話と了解の中で、自由診療に切りかえて診療していくこととしますが、それができない場合においては、(略)補綴(編注:ほてつ、欠損部を人工物で補う)面に限って、これまた患者との対話と了解の中において25%~30%の幅において差額徴収の実力行使もやむをえないものであります」

   結局、この通知は撤回され、新たなルールが設定されたが、一連の出来事から、広く差額徴収が容認されれば、公的保険が有名無実化するリスクがあることがわかる。

   もう一つの懸念は、いい加減な治療が広がること。本書では、「新免疫療法」と称して、きのこやサメの軟骨等を使った独自のがん治療を行っていた事例が取り上げられている。確かに、混合診療が全面解禁されれば、あやしげな療法を行う医療機関が、「保険が利く」からという誘い文句で患者を集めやすくなるだろう。

   結局、混合診療の全面解禁には無理がある。著者の言葉を借りれば、「管理された混合診療の容認」という形にならざるを得ないのだ。

増える高額な医療技術、どう折り合いを付けていくか

   それでも、小泉政権以降の議論の中で、徐々に規制緩和が進んでいる。最大の理由が「海外に比べ新しい医薬品の導入に時間がかかるため、重い保険外負担を強いられている」問題、すなわちドラッグラグ問題である。

   がんの患者団体代表の発言が引用されている。「目の前に効くかもしれないという未承認薬があった場合、患者としてはそれは当然使いたいわけです。世界で使われているということはエビデンスもあるわけですね。(略)しかし、日本だけです。これは使えないんです。使いづらい。これまで、保険が効いていたレントゲンとか、血液検査、薬、これがすべて自費になるんです。それプラス、輸入薬の代金が発生します」

   混合診療の賛成意見には、大きく二つの流れがある。一方は、一刻も早く、未承認でも新しい医療を受けたいという患者さん達の切実な願い、他方は、公的医療費を抑制する代わりに産業としての医療を伸ばしたいという考え方である。両者は、混合診療の容認という点で共通するが、その後の対応はまったく異なる。前者は一刻も早い保険適用を望むのに対し、後者は保険の対象とすることには消極的である。

   これまでのところ、実際の運用は前者の立場から行われてきており、保険適用となる新規技術数は、従前と比べ、ぐっと増えている。

   しかし、著者が懸念するように、医療保険財政の厳しさが増す中で、今後とも、こうした方針を堅持できるかどうかだ。

   本書では、がん治療の一種である「粒子線治療」の保険適用問題を取り上げる。現在は混合診療扱いとなっているため、粒子線治療それ自体は自己負担(約300万円)となる。高級車が買える値段である。

   過去1年間にこの診療を受けた者は約2400人。この裏には、約300万円もの費用負担に躊躇し断念した人もいるであろう。

   仮に、この粒子線治療について保険を適用した場合、自己負担は大幅に圧縮される。一挙に診療を希望する者は増えるであろうし、保険がカバーする医療費も大きく増加する。今後、再生医療など高コストの医療技術の増加が見込まれるが、保険導入を進めていけば保険財政を圧迫する一方で、混合診療のままにしておくと、負担能力のある者しか受けられないおそれがある。

   難しい判断だ。生命に関わる問題となると、簡単に線引きはできない。やはり、治療の内容や有効性、他の選択肢の有無、患者の負担能力など、いろいろな事情を考え合わせながら、一つひとつ答えを出していくしかないのではないか。「国民皆保険」の基本に関わるだけに悩ましい問題である。

厚生労働省(課長級)JOJO

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