【書評ウォッチ】「涙の卒業式」はどこからきた? 軍隊由来の形式主義が「錯覚」引き起こす
卒業シーズン。日本独特ともいえる「涙の学校儀式」が、全国で繰り広げられている。蛍の光、仰げば尊し……定番の合唱や贈る言葉に人はなぜ感動するのかを解き明かす『卒業式の歴史学』(有本真紀著、講談社選書メチエ)が毎日新聞に載った。
「最高の卒業式」をめざして教師と生徒が努力を重ね、ともに歌い、感動する。当り前の光景には形式と感情が複雑に交錯していた。【2013年3月24日(日)の各紙からII】
成果披露から別れの演出へ
『卒業式の歴史学』(有本真紀著、講談社選書メチエ)
考えれば、すごい。「涙のセレモニー」が全国で延々と毎年つづいてきたのだから。日本人の精神形成にきっと大きく影響したのだろうなあと、つい読みたくなる。「日本の卒業式にはなぜ涙が欠かせないのか、その答えは本書にあった」と、評者・中国生まれの比較文学者、張競さん。それだけの視点と内容が備わっている。
どうやら軍隊に由来する。陸軍戸山学校の観兵式から始まったらしい。それが東大を皮切りに広がっていった。観兵式に代わって、学習成果が披露され、合唱は音楽授業の成果として始まったという。明治20年代から学級編成によって多数の生徒が同時に全課程を修了するスタイルが定着して、式次第の様式化が進んだ。
おもしろいのは、成果披露が来賓の歓迎や余興から別れの演出へと変わった点だ。在校生の送辞と卒業生の答辞が台本のように作られ、朗読は指導の対象。主体が生徒たちで「自分らの感情」という錯覚が起こり、涙が自然にあふれ出たと、本は解説している。
「形から入る」と理解よりまず暗記
「形式と内容」に評者の張さんは注目し、「さきに感情があって、それを表現する形式が発見されたのではない」と受けとめる。卒業式という形式が先行し、そこに涙と感動がわいてきた。してみると、「形から入る」生き方・やり方は日本人向きなのかもしれない。気持ちの統一と高揚には形式の一致が不可欠? 理解よりまず暗記の受験勉強にもつながっているのだろうか。ほかにも、何か? 日本の近代教育と集団心理の奥は深そうだ。
偶然だろうが、音楽関係本の紹介が各紙で目立った。『誰がJ─POPを救えるか?』(麻生香太郎著、朝日新聞出版=朝日読書面)は、AKB48以外は今どうもパッとしない業界の盛衰記。『ソーシャル化する音楽』(円堂都司昭著、青土社=日経)は2000年代以降に日本の音楽シーンがどう変わったかを考える。ネット配信の影響は大きい。
思想家の知られざる一面を調べた『ジャン=ジャック・ルソーと音楽』(海老澤敏著、ぺりかん社=読売)はユニークな分析。『現代作曲家探訪記』(林光著、ヤマハミュージックメディア=東京新聞)は古今東西の楽譜を鋭い視点で読み解いていて、楽しめる。
(ジャーナリスト 高橋俊一)
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