【書評ウォッチ】ベストセラーは「人」と「紙」 『聞く力』『舟を編む』の共通点
2012年も最終盤の各紙読書面は、「今年売れた本」「今年最高の一冊」などと総括的な特集がならぶ。ベストセラーとなった『聞く力』『舟を編む』に共通するのは、デジタル時代なのに「人」や「紙」にかかわる点だ。
人の話を聞く、紙の辞書を作る。肌の感触・温もりを求める思いが、誰の心にも強く生き続けているということだろうか。【2012年12月23日(日)の各紙からII】
なぜかデジタル時代に
『聞く力』(阿川佐和子著、文春新書)
本の売れ行きは2012年も長期低落傾向に歯止めがかからず、今年はミリオンセラーなしかとも言われた。12月に『聞く力』(阿川佐和子著、文春新書)がようやく100万部に達し、朝日、読売とも読書面締めくくりのトップ記事にこの本を加えた。
聞き方の極意、すなわち話し方はこうしたらいいですよといった内容。「具体的で分かりやすい。日常で役立つ本」と、掲載された読売読者の声が人気の理由を物語っている。デジタル時代だからこそか、「人との接し方」に関心が集まった。
『舟を編む』(三浦しをん著、光文社)も、両紙に載った。国語辞典の編集をテーマにした小説だ。ここでもなぜか、電子書籍やソーシャルメディア全盛の時代に「紙の辞書」。取り組む人たちの奮戦ぶりがうけた。アナログへの郷愁だけでは、もちろんないだろう。ヒットの深い理由はどこに? おもしろい。
被災地を思い続けた人々の読書風景
そうしたトップページの一角に「今も生々しい大震災の記憶」と見出しをつけた投稿紹介コーナーを読売新聞が設けた。被災地のことを思い続けた人々の読書風景が浮かぶ。有川浩『空飛ぶ広報室』(幻冬舎)、辺見庸『瓦礫の中から言葉を』(NHK出版新書)、麻生幾『前へ!』(新潮社)など。どれも大震災に素材を求め、あるいは津波の現場から想をとったと読者が受け止めている。
「津波に流された戦闘機の映像は衝撃的だった」「傍観者の私が見つけられず、手繰り寄せられなかった言葉が鋭い洞察で表現されていました」という読者感動の一言が印象的だ。
次ページの読書委員が選ぶ「2012年の3冊」集の中には、畠山直哉『気仙川』(河出書房新社)が。地震に襲われる前と後のふるさと陸前高田を写し撮った写真約80点と鎮魂のエッセイ。「涙なくしては読めない」と評者の管啓次郎さん。
一方、『さらば国策産業』(安西功著、日経新聞出版社)が朝日新聞書評委員の「今年の3点」中に。原発問題から国家論へ。本が求めるのは電力改革とエネルギー戦略の転換。評者の姜尚中さんが「ジャーナリストの目で的確に明らかに」と薦めている。
(ジャーナリスト 高橋俊一)