霞ヶ関官僚が読む本
ノーベル賞経済学者の不況脱出法 「軽妙でトゲ」あるレトリックを味わう
『END THIS DEPRESSION NOW!』(W.W. Norton & Company、2012年)。舌鋒鋭く本質を突くので有名な米国のノーベル賞経済学者ポール・クルーグマンが、現下の米国経済の停滞の原因と解決策を示した話題の書である。既に邦訳(『さっさと不況を終わらせろ』早川書房)もあるが、一般米国人向けに平易な文章で書かれた本なので、原書にトライして彼一流の軽妙でトゲのあるレトリックを原文で味わうのも一興。
クルーグマンの問題意識は明快である。現下の米国経済の停滞は、1930年代の大恐慌と同じく慢性的な民間需要不足が原因であり、その解決のためには、徹底したケインジアン政策、すなわち金融緩和に加え大規模な財政出動が必要だということ。十年前は我が国の財政政策を批判していた同氏の変節を指摘する向きもあるが、FT紙のインタビューで日本のマクロ政策を持ち上げるなど、本人にも反省の色が見える昨今、過去の発言の是非は問うまい。
クルーグマンの憂慮
『END THIS DEPRESSION NOW!』
本書の魅力の第1は、米国経済低迷のメカニズムを明快に論じている点である。例えば、クルーグマンは、米国議会職員らの「ベビーシッター協同組合」で起きた失敗エピソードを用いて、(1)米国経済が過小需要であること、(2)過小需要状態は需給調整メカニズムの不具合が原因であること、(3)過小需要は適切な金融政策で解決できること、しかし、(4)「流動性の罠」がある現状では金融緩和に加え積極財政が必要であること、等々を解き明かしてくれる。
第2に、米国の財政政策の不十分さを具体的に指摘している点が面白い。年間15兆ドル(3年間で45兆ドル)の経済規模がある国で、オバマ政権が講じた7800億ドルの財政出動は、わずか2%弱のインパクトしかないとの指摘は説得力がある。それなのに、米国内では2010年冒頭から緊縮財政論が猛威をふるっていることを、クルーグマンは憂慮している。
海水派VS淡水派
第3に興味深いのは、米国の経済学者が、東西両海岸地域のケインズ系学派(=「海水派」)と、五大湖周辺など内陸部の保守系学派(=「淡水派」)の二つに分かれ、宗教戦争状態だという指摘である。つまり、アカデミズム対立が、民主党・共和党の政治対立に寄り添う形で加熱し、イデオロギー闘争の域にまで達してしまっているわけだ。このように近年の米国の政治風土における寛容性の無さが、経済政策のような技術的領域にも影響を及ぼしている状況は、彼の国の経済の影響を被る我が国としても困ったものである。
日本が十数年前にはまったデフレ的状況に、米国や欧州も陥りつつある。その脱却のために、クルーグマンのような大リーグ級プレイヤー達が繰り広げる政策論争をしっかり観戦し、我々も知的刺激を受けようではないか。
経済官庁(審議官級) パディントン
J-CASTニュースの新書籍サイト「BOOKウォッチ」でも記事を公開中。