「丸裸」にされた孫正義 朝日と日経「斬り方」の相違
【第2回2012年2月12日(日)各紙から】
時代の寵児に対しては、誰もが関心を持っている。彼の生きざまを分かりやすく語った出版物は、しばしば売れ筋商品となる。ソフトバンクの孫正義社長が、今まさにその人だ。
佐々木俊尚氏「強烈な違和感がつきまとう」
『あんぽん 孫正義伝』(小学館)
各種の調査でベストセラー上位にランクされてきた『あんぽん 孫正義伝』(佐野眞一、小学館、税込1680円)を日経と朝日がとりあげている。
日経は評者無署名のオーソドックスなスタイルで、本の概要を「飛ぶ鳥を落とす勢いの経営者の知られざる素顔を追ったノンフィクション」と紹介する。タイトルの「あんぽん」は在日の孫氏が幼少時代にからかわれた際の呼び名で、本のもとになった週刊誌の連載から引き続いての表題だ。著者の佐野氏は孫氏のルーツをさぐることで彼の原動力に迫ろうとした。
孫氏の巨大なエネルギーには差別的環境への反発心が多分に影響しているという見方だ。日経書評は「成功は在日3世代の苦労の上に成り立つ」ことを指摘して、孫氏やソフトバンクの行動原理を知るには格好の本と位置づけた。
朝日では、評者の佐々木俊尚氏がもっと突っ込んでいる。
「物語として面白い一方で、本書には強烈な違和感がつきまとう」と、佐々木氏はシビアに指摘する。それは、孫氏への「いかがわしさ」の感覚が基点とされ、日本社会のかなりの層に共有されているというのだ。だから、多くの人にこの本が受け入れられたとまで言い切った。
「深い」のは朝日か
日経書評が「ルーツ」と表現する孫氏パワーの源泉についても、日本の高度成長期にも「極貧の家庭で、豚の糞尿と密造酒の強烈な臭いとともに育った」と、佐々木氏の記述は具体的だ。
どちらの書評がより深いか、かつ役に立つかといえば、朝日だろう。
孫氏にかかわる本や雑誌記事はこれまで多数だされてきたが、佐々木氏の評はそれらを受け入れる読者サイドの社会心理を考えた。著者と読者の接点を見きわめながらベストセラーをとらえる作業も必要だという問題提起。鋭い視点が、読ませる。
(高橋俊一)