在住邦人が罹る心の病、「パリ症候群」って何だ?
先日、パリの日本文化会館で、京都在住の映像作家・日本画家の島井佐枝さんの映画『パリ・シンドローム(症候群)』の上映会&討論会が行われた。会場に入れない人が出るほどの人気で、しかも観客の8割以上がフランス人だった。在仏日本人のみならず、フランス人の関心もひく"パリ症候群"とは一体、何なのか?<モノウォッチ>
パリの人間は意地悪?
映画『パリ・シンドローム』の1シーン。心のバランスをくずしていく主人公、ちはる
島井佐枝監督
パリ症候群とは、パリ滞在中の日本人が、フランスの文化・生活習慣に慣れず、自己主張の強いフランス人とのコミュニケーションがうまくいかず、また、イメージしていたパリ暮らしと現実とのギャップにショックを受け、抑うつ状態、被害妄想状態などに陥る精神的・心理的トラブルのことで、自殺にいたるケースもある。その名称は、パリ在住の精神科医太田博昭氏の著書、『パリ症候群』(トラベルジャーナル社刊)に由来する。
映画『パリ・シンドローム』は男性優位の日本社会に嫌気がさし、美術史の勉強のために、パリに留学した30代女性の主人公が心のバランスを崩していく様子がドキュメンタリー・タッチで描かれる。島井監督自身が語学とスケッチの勉強のためパリに一年間滞在した時に、周りの日本人留学生がパリの生活に馴染めず、引きこもっていく様子を目の当たりにしたのだという。
ロンドン留学中に精神衰弱に陥った夏目漱石の時代から、異国に住めば、文化・コミュニケーションの違いに精神的ショックを受けるのは当り前、とも思えるが、太田氏の著書によると、この精神的トラブルは、パリでの発生率が圧倒的に高いらしい。
会場で隣にいた初老の金髪マダムは「日本を旅行したことがあるけれど、清潔だし、人は優しいし、落としたものがすぐに見つかる素晴らしい国。その環境に慣れた人がフランスで鬱になるのは無理ないわ。特にパリの人間は意地悪だし」。念のためマダムに「フランス人でいらっしゃいますよね?」と尋ねたら、ウィ!とのお返事が。また、監督やプロデューサーを囲んだ討論会で、フランス人の日本史学者が「他の地方都市なら、人もパリジャンと違って優しいので、このような問題は避けられる」と発言していた。パリジャン(・パリジェンヌ)はフランス人の間でも意地悪な人種と定義されているようだ。
パリ症候群に罹らないためには
また、主人公が日本のファッション誌のパリ特集を読んでいるシーンがあるが、確かにメディアが謳いあげる"憧れの花の都、パリ"、"素敵なパリジェンヌ"のイメージを抱いて来れば、犬の糞やごみだらけの路上、にこりともしないブティックの店員や歩きたばこで携帯電話に向かって毒づくパリジェンヌたちを目の当たりにして、ショックも受けるだろう。同時上映されたパリ症候群をテーマに、在仏日本人のインタビューを中心に構成された、畑明広監督のドキュメンタリー映画のタイトルは、その名も『花の都』であった。
もちろん、パリに住む日本人が皆、パリ症候群に罹るわけではないし、置かれた環境、元々の性格や気質など、複数の要因が重なって、はじめて発症するのだろう。ただ、意地悪なパリの人間、日本のメディアが謡う"花"の面ばかりではないパリの街自体が、この症候群を引き起こす要因であることは確かだろう、何しろ、パリ症候群なのだから。
さて、その予防法といえば、パリに長期滞在をする予定の人は"パリの人間は冷たい"、"パリの街は汚い"、と肝に銘じて来るべし。それで、運よく親切なパリジャンと知り合えば、得した気分になるし、美しい街並みを見て、思ったほど汚くないや、と感じれば、気分も明るくなろう。また、在仏日本人の友人を作り、日本語で思う存分、フランス人の悪口を言う機会を持つ。ガス抜きの場所があれば、意地悪なパリの人間とも何とか付き合っていけるようになり、そのうち、パリジャン(・パリジェンヌ)の中には嫌なヤツもいればいい人もいる、という当り前のことに気づくようになるはずだ。<モノウォッチ>
江草由香