知っていれば自慢できる!? NYの「隠れ家」的BAR
ニューヨークに来た頃、アイリッシュの友人に連れて行かれたのが「パブクロール(pub crawl)」パブをどんどん梯子して、そのうち酔っ払って、這いながらでも、次へという意味らしい。その中で、訪れたのが、ドアに番地表示「86」とあるだけの、今はなき「Chumley's」。ドアを開けても、直接店内に入れず、数段の階段を迂回するようになっていた。ここは、アメリカの禁酒法時代に有名なスピークイージー(隠れ酒場)だった場所。警察の手入れがあった時、中に居る人に知らせ、逃げる時間を作るための入り口、そして、中庭から外に抜けられる秘密の出口まであった。
店頭には看板も目印もない
アポテクのカクテルは、お客さんの症状にあわせて効果のあるハーブを漬け込んだ酒をベースに使用
ここ近年、ニューヨークに、この禁酒法時代のスピークイージーを模したスタイルのバーが増えてきている。店頭には、看板も目印もない、住所どころか、電話番号も公開しないバーまであった。たどり着くまでが一苦労だ。
そのさきがけとなったのが、もう一昔前になる2000年に、NYの超有名ミクソロジストのSasha Petraskeがオープンした「Milk and Honey」。そして、今のブームの引き金となったのが、2007年オープンのPlease don't tellの省略形を店名にした「PDT」。ここは、イーストビレッジのファーストフード店「クリフドッグズ」の店内にあるアンティークの電話ボックスから入る。一歩はいると、まさに外の喧騒と、かけ離れた別天地が存在する。
中華街の真っ只中、ブラディアングルとも呼ばれる中国人マフィアの抗争の舞台にもなった湾曲したペルリート。かつて阿片窟でもあった場所にあるバーも表にはうらびれた中華料理店の看板がかかったままだ。この「Apotheke」では、いろいろなハーブを漬け込んだ蒸留酒をベースに、白いラボコートを着用したバーテンダーが、客の症状にあわせてカクテルを配合してくれる。
「簡単に手に入らない物ほど、人は欲しがるのです」と語るのは「PDT」のオーナーのBrian Shebairoさん。しかし、特別だったものは、日が経つにつれ、その効力は薄れ、誰も知らないバーを自分だけが知っている。そんな優越感は、あっという間に消えてしまうもの。この手のバーも、一過性のトレンディなバーで流行は終わるだろうと、思っていたのに、これが、どういう事か、いまだに次々にニューオープンが続いている。
フラットアイアン地区には、日曜日には、酒類のサービスを、ホテルでの食事時にのみと定められた日、一晩にして、何百もの酒場が上階にベットや椅子をしつらえ、自らをホテルと呼んだという法律名を店名につけた、「Raines Law Room」。
「ミクロソロジスト」がつくるカクテル
アンティークの電話ボックスにかかった受話器で話すと中からドアを開けてくれる(「PDT」)
外はパンクファッションの刺青の若者。中はソフィスティケートされた空間(「PDT」)
あの有名ミクソロジストのサーシャ・ペトラスキーが、マンハッタンからイーストリバーを渡ったところにあるクイーンズのロングアイランドシティに新しくオープンしたのは、過去の土地名から名づけられた「Dutch Kills」。ここも、店頭は、中にバーがあるとは想像もつかない、倉庫のドアのような入り口だ。
ブルックリンのフォートグリーンには、ガレージドアのそばについたベルを鳴らすと、のぞき穴からチェックされてからドアが開く「The Hideout」が、オープン。
あぁ!おいしいカクテルを楽しみたいだけなのに、なんでこんなややこしい段階を経なくてはいけないんだ!?どうして、客なのに、お願いして店に入れてもらわないといけないんだ!?ニューヨーカーは、こんな事をありがたがるのか?と、お思いのことでしょう。
実は、現代のスピークイージーに共通するのが、ミクロソロジストとも呼ばれる優秀なバーテンダーの作るカクテル。
レストラン「グラマシータバーン」でのバーテンダー修行時代に、シェフやペストリーシェフから学んだ料理テクニックやフレッシュなハーブやフルーツの応用など、カリナリーカクテルの代表者「PDT」のJim Meehan、6ページにも及ぶカクテルメニューのある「The Hideout」のミクソロジストのCharlotte Voiseyは、グラマシーパークホテルやロンドンのドーチェスターホテルでコンサルトしてきたベテランだ。
これらのバーには、絞りたてのフレッシュジュース、自家製のハーブなどで香りをつけた蒸留酒、氷も手で割った物が使われるのが共通している。
一過性の変わったものは飽きられるが、ドアを超えた向こうにあるおいしい物には、人々は、貪欲なのでした。
坂本真理