ワインとアートの素敵な関係 ウォーホルが描いた「ワインラベル」
六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーでは今、「ムートン・ロスシルド ワインラベル原画展」が開かれている。ワイン好きなら知らない人はいない、シャトー・ムートン・ロスシルドのヴィンテージ・ラベルが原画とともに整然と並んでいる。実に壮観だ。
原画作成の報酬は「シャトー・ムートン10ケース」
アンディ・ウォーホルが描いたワインラベル
この独特のラベルの習慣が始まったのが1945年。毎年芸術家にラベルを依頼し、できあがった原画を元にラベルを作成する。そしてその過程を感じさせる標本箱のようなコラージュが毎年ひとつずつ増えていく。誰もが知っている芸術家もいれば、そうでない人もいる。
オーナーの意見で芸術家は選ばれている。ブラック、ダリ、セザール、ミロ、カンディンスキー、ピカソ、キース・ヘリング、フランシス・ベーコン...間違いなく20世紀後半をカバーするアート・コレクションと言っていいだろう。
オープニングのパーティーには現在のオーナーであるフィリピーヌ・ドゥ・ロスシルド男爵夫人が現れ、テープカットを行った。この男爵夫人自身が今も芸術家に依頼をしているそうだ。
僕も初めて知ったのだが、この原画作成の報酬は自分の関わったラベルを含んだシャトー・ムートン10ケース。内訳は5ケースが自分の作品のラベルのもの、残り5ケースは話し合いで過去のヴィンテージ・ワインから選んだもの。まさにお金では買えない価値だ。芸術家たちも喜んで他の芸術家のラベルを眺めつつ、制作に入ったに違いない。
ワインラベルは「ウォーホル的表現」に適していた
展覧会のテープカットをするフィリピーヌ・ドゥ・ロスシルド男爵夫人
僕が一番驚いたのは1975年、アンディ・ウォーホルの作品だ。前オーナーであるフィリップ・ドゥ・ロスシルド男爵のポートレートをコピーし、アニメーションのセル画に使われるのと同じ透明シートにデッサンのように描き移し、コピーとセルの間に破いた色紙を挟み込む。
ここにあるのはウォーホルの最終作品として僕たちがいつも目にしているシルクスクリーンではない。ニューヨークの彼の工房「ファクトリー」の内部で行われていた、検討中の作品の姿だ。セルを固定するのに使われた糊の変色が時代を実感させてくれる。片隅に仕上がったラベルが貼られ、「なるほど、こうまとめたのか」と納得する。
そして時代を感じる。70年代、工業製品の力が芸術の中に浸透してきた。ウォーホルはまさにその中心にいた。
興味深いのは「ワインラベルに芸術の複製を使う」というアイデアに、まさに「アートを複製にすること」を持ち込んだウォーホルの作品がちゃんとあるという点だ。ワインラベルというのはとてもウォーホル的な表現の場なのだと改めて納得。
かつて樽で販売していたワインをシャトーで瓶詰めしてラベルを貼る、という販売方法を開始したのが、他ならぬフィリップ男爵であったと言う。ラベルのデザインには当初からポスターデザイナーが起用されていた。ならばヴィンテージ・ワインには芸術を、と男爵本人は自然な発想で行き着いていたのかもしれない。
「コクトーのラベル」にまつわる粋なエピソード
会場にはコクトーの親友が描いた「原画」も
もうひとつ僕が興味を持ったのが、僕が生まれた年でもある1947年のジャン・コクトー。こちらはエピソードが気に入った。
コクトーからオリジナルを預かっていたフィリピーヌ男爵夫人はオリジナルを紛失してしまった。困った男爵夫人はコクトーの親友の画家、ジャン・マレーに複製を作ってくれと頼んだ。つまりラベル作成のために存在した複製を元に手描きの複製を作った訳だ。堂々とコクトーそっくりのサインも入れて。
複製とオリジナルを巡る不思議な出来事がこの会場では渦巻いている。そして豊かさを堂々と示すように、会場中央にはこのヴィンテージ・ワインのボトルが塔を作っている。ワインラベルはやはりボトルに貼られて一層深みを増す。何よりもこの中にはボルドーを代表するワインが秘められているのだから。