【連載】お腹トラブル天国と地獄 番外編:スーパーアグレッシブ発酵食品図鑑
日本人の食生活の中で欠かすことができない「発酵食品」。醤油、味噌、酢、酒、納豆、つけものなど、日々何かしらを口にしていますよね。もともと保存技術としての側面があった発酵食品は、地域の文化や歴史を知るためにも重要な資料。ですが、なかには現代の私たちの理解を越えた、ちょっと不思議な発酵食品も数多く存在します。
今回は、いつもの「お腹トラブル」連載から少し飛び出して、スーパーアグレッシブで魅力的な発酵食品をご紹介します! 取り上げるのは、「フグの卵巣ぬか漬け」。石川県でしか製造が許されていない、禁じられた珍味です。
記憶がないうちに、茶碗が空に
「フグの卵巣ぬか漬け」は、その名の通り、フグの卵巣をぬか漬けにしたもの。石川県内では珍味としてお酒のお供に楽しまれています。魚卵なので、見た目はほぼタラコ。ただ、タラコより楕円形に近くて茶色いです。包丁を入れると、オレンジがかった魚卵たちがぎっしり。
薄切りにしてそのまま食べると、塩分強めでお酒がどんどん進みます。ぬか漬けというより、チーズに近い香りがするのが不思議。日本酒はもちろん、酸味の効いた白ワインでグイッと流し込むのも最高です!魚卵のプチプチ食感もたまらない......。ひと口入れただけで、うまみ、塩味、甘み、酸味といった複雑な味わいが弾けていきます。
ほぐしてパスタやおにぎりの具材にしたり、クリームチーズと混ぜてお酒の肴にしたりと、意外とアレンジもしやすいのが嬉しい逸品。お茶漬けにすると、記憶がないうちにお茶碗が空になります。ぜひお試しあれ。
おいしいものは死の危険すら乗り越える
石川県の中でも限られた地域でしか製造が許されていない「フグの卵巣ぬか漬け」。県民のみなさんは、昔から珍味として召し上がってきたそうです。猛毒を持つフグの卵巣をぬか漬けにして食べるなんて、最初に思いついた人はどんな思考回路をしていたのか。
みなさんもご存知の通り、フグにはテトロドトキシンという毒があり、専門の調理師免許を持った人しか調理することができません。その毒性は青酸カリの1000倍以上と言われ、1匹のフグで30人を殺せるレベル......。厚生労働省の調べによると、今でも年間で約30件ほどのフグ毒中毒が発生し、そのうちの数名がなくなるのだそうです。しかも、卵巣などの内臓には高濃度の毒素が蓄積されているというのだから、あえてそこを食べるなんて思いついた人の無鉄砲さはほぼ確定です。
しかもフグは、あらゆる発酵や微生物の研究者が長年研究対象としてきたにもかかわらず、いまだに「毒がなくなる科学的な理由は明らかになっていない」のだとか。長らく石川県では「フグの卵巣ぬか漬け」によるフグ毒ロシアンルーレットが行われていたということかもしれません。
昔からフグ毒については認知されていたようですが、なぜか石川県の人たちはそれを乗り越えてフグの卵巣を食べ続けてきたのです。「おいしいものを食べたい!」というのは古くからの変わらない人間の欲求であり、時に猛毒や死の危険さえも乗り越えさせるのかも......。
江戸時代の製造法を「変えられない」
「フグの卵巣ぬか漬け」は江戸時代ごろから食べられるようになった、と考えられていますが、製造方法は当時と変わりません。科学的に無毒化される理由が証明されていないので、製造方法を変えられないためです。わからないからこそ、私たちが昔のままの味を楽しめているというのは、なんともロマンチックな話です。
現在販売されている「フグの卵巣ぬか漬け」では、テトロドトキシンが30分の1まで減少していることがわかっています。出荷の際に石川県予防医学協会による毒性検査も行われているので、手に入れた時にはぜひ安心して召し上がってくださいね。
フグの卵巣ぬか漬け
もうどくの フグのらんそうを 3ねん はっこうさせると どくが きえる !
れきしや どくが きえる メカニズムに ついては ほとんど なにも わかっていない 。
原材料:フグ卵巣、米糠、米麹、魚醤、食塩
生産地:石川県白山市美川地区、金沢市大野・金石地区、輪島市
最強マリアージュ:お茶漬け
うまみがしっかりあるので、かけるのはお湯でもOK。だし汁があるとうまみの相乗効果で、より箸が進むこと間違いなしです!
〇著者プロフィール
長瀬みなみ
腸活プロデューサー/日本発酵文化協会上級認定講師
東京生まれ、便秘育ち。長年の慢性便秘を高く評価され、腸活サポートアプリ運営会社にて広報PR部門の立ち上げ、ブランド責任者として取締役CBOに就任。自身もさまざまな腸活を取り入れ、入社後に独学と自らの人体実験で長年の便秘を解消することに成功する。
2023年より独立。現在は腸活と発酵のチカラでよりハッピーな人生を増やしていくため、セミナー講師やコラム執筆、コラボ商品のプロデュースなど幅広く活動している。