「コラム遊牧民」300回 あらゆる雑誌を探索した6年

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   先にお知らせした通り、6年続いた「コラム遊牧民」は区切りの300回で終わりました。番外編として連載を振り返り、私の「卒論」とします。

   「コラム批評のようなコラム」を週一で書けないか。旧知のJ-CAST幹部から、そんな打診を受けたのは2017年の12月です。年末年始で構想を練り上げ、2018年2月7日に初回が公開されました。「コラム遊牧民」というタイトルは、用意していた腹案が企画会議で次々とボツになる中、その場で思いついたものです。

   〈新聞社の「コラム職人」だった筆者が、雑誌を中心にコラムや随筆を読みあさり、これと思ったものから書き起こします。水と緑を求めて移動する遊牧民のように、表現のオアシスを探す放浪にお付き合いください〉という紹介文も、図々しく自分でひねりました。

  • 「遊牧民」の長旅も終了、いつかまた ネット砂漠のどこかで…
    「遊牧民」の長旅も終了、いつかまた ネット砂漠のどこかで…
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三つのマイルール

   連載スタートにあたり、自らを縛るルールを三つ設けました。

   まず、政治的な主張があまりに強いものは取り上げないこと。そもそも、このコラムで論争を始める意図はありません。どれほど論旨明快でも新聞の社説が大抵つまらないのと同じで、当コラムが引用作への賛同や反論に終始しては読者も辟易するでしょう。味わう作品は結果として、身辺雑記風のエッセイが多くなりました。

   二つめのルールは、本人の文章でないものはなるべく避けること。芸能人などに多いのですが、雑誌連載には加筆・修正の域を超えた編集者の「代筆」が混じります。良心的な編集部は、欄外に小さな活字で「取材構成:○○」とか「TEXT:××」などと注記します。いわばインタビューをモノローグ風にまとめる手法。それらは原則として対象外とし、筆者ならではの言い回しや言葉のチョイス、オリジナリティーを尊重しました。

   三つめは、引用する雑誌や筆者、男女比、テーマの多様性に留意することです。300回で引用したのは計82誌、筆者は173人(男103 女70)。この男女比は延べ数にするともっと縮まり、300回のうち男性が170(57%)女性が130(43%)とまずまずのバランスとなります。テーマがやや「食」に偏ったものの、硬軟とりまぜることができました。

土屋さんと松重さん

   引用させていただいた筆者は、作家や随筆家、コラムニストら文筆を生業とする人のほか、各界の専門家や識者、芸能人、モデルなど実に多彩。何度も登場した人たち(別表)は私の好みを反映していますが、掲載誌を連載で支える顔ぶれでもあります。

   最多の7回登場した土屋賢二さんは、週刊文春に長期連載しているユーモア随筆のベテラン。思い出深い初回でも書かせてもらいました。哲学者(お茶の水女子大学名誉教授)というより、もはや文筆が本職でしょう。ハズレの回がなく、何度も笑わせてもらいました。密かに「困った時の土屋さん」と呼んでいたほどです。

   土屋先生と首位を分け合ったのは「孤独のグルメ」で知られる俳優 松重豊さん。サンデー毎日のコラムで拝読し、余技とは思えぬ文章力に驚いたのが出会いでした。その後 クロワッサンでも食エッセイが始まり、芸能界では希少な筆達者として知られます。

   人気の作家や随筆家にまじり、ジェーン・スーさんや武田砂鉄さんら、いくつもの媒体に連載を抱える売れっ子たちも上位に顔を出しました。

   引用元の雑誌(別表)では、発行サイクルが短い週刊誌が上位に並ぶのは当然ですが、婦人公論やクロワッサン、dancyuなどもよく使わせてもらいました。

   トップはいま最も元気がある週刊文春。「文春砲」のみならず、コラムやエッセイにも勢いがあります。大手出版社系の雑誌は、筆者にビッグネームがそろうだけでなく、新たな書き手の発掘も上手です。長年の読者が求める安定感と、執筆陣の新陳代謝の案配がいい。そんな中、名物連載をたくさん抱えていた週刊朝日の廃刊は衝撃でした。

〇引用回数が多かった筆者(敬称略、五十音順)
7回 土屋賢二 松重豊
6回 五木寛之 角田光代 ジェーン・スー 武田砂鉄 壇蜜 平松洋子
5回 金田一秀穂 鴻上尚史 酒井順子
4回 伊集院静 下野康史 鎌田實 小島慶子 下重暁子 中沢新一

〇引用回数が多かった雑誌(回)
週刊文春(25)週刊朝日(19)サンデー毎日(18)週刊新潮(17)週刊現代(15)婦人公論(12)女性セブン(11)クロワッサン(8)週刊ポスト(7)dancyu(7)SPA!(7)週刊プレイボーイ(6)ハルメク(6)サライ(6)with(5)

自由奔放な雑誌連載

   あらゆる雑誌を探索してみて、今更ながら世にはいろんなニーズがあるものだと思いました。総合誌から趣味、実用まで、出口の見えぬ出版不況の下でなお多彩な雑誌が生き延び、読者と独自のコミュニティーを作っています。雑学には自信があったのですが、知らない世界ばかり。こんなに女性誌を読んだのは 67年の人生で初めての経験でした。

   各界の筆者が自分流で競う雑誌連載は、私のように「新聞の流儀」で育った者からすると自由奔放、なんでもありです。文字表現ひとつでも「時」があれば「とき」もある。「事」「訳」「今」なども然り。段落の切り方、読点の打ち方も人それぞれで、つい「新聞的」に直したくなる誘惑に駆られました。もちろん、文章表現に絶対的な「正解」はありません。これから生成AIが普及するにつれ、むしろクセのある文体の価値が上がるかもしれません。回を重ねながら考えさせられることは多く、いろいろ勉強になりました。

   各回に添えた写真のうち、私が撮影したものが100以上あります。締め切りを守り通せたことと合わせ、ささやかな自画自賛として書き留めます。

   最後になりましたが、9月末までトレンド編集長だった荻仁さん、後任編集長の藤原綾香さんに改めてお礼申し上げます。引き続きご健闘ください。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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