「三菱村」の秋 山崎元さんは銀行本店の姿に商社時代を想う

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   週刊現代(11月11-18日号)の新連載「お金のことは二の次に」で、経済評論家の山崎元さんが東京・丸の内の風景について書いている。駆け出し商社マンとして見つめた、銀行本店ビルの思い出である。

「大きなビルが増えた昨今は目立たなくなったが、今でも三菱UFJ銀行の本店は立派な建物だ。竣工が1980年なので、筆者がサラリーマンになった1981年には真新しい威容を誇る 旧三菱銀行の本店ビルだった」

   山崎さんが入社したのは、銀行の向かいにオフィスを構える三菱商事だった。新入社員たちは当然のように、三菱銀行に給与振り込み口座を作った。筆者は銀行との関係が深い財務部に配属されており、選択の余地はなかっただろう。

「新米の財務部員は、自分の給料を 道を渡ったATMで下ろす以外に、仕事で書類を届ける機会が度々あった。一般店舗とは別の、ビルの南側にある受付を通る。赤い絨毯を踏み締めて、銀行の威厳を味わうのだった」

   銀行側の相手は五つほど年上の行員だ。ある時、本店(24階建て)上層階のカフェテリアに案内されて見た、窓越しの景色が忘れられないという。

「道を挟んだ向かい側に、最上階が15階の旧三菱商事本店の屋上が、ずいぶん下にみすぼらしく見えた...目の前に薄毛の男性がいて、彼の頭頂部を上からまじまじ眺めてしまったような気分だった...『金利を払う立場と、受け取る立場では、こんなに差があるのか』とその光景を理解して、社会勉強をしたような気持ちになった」

   大企業の資金調達はすでに融資から社債に移り始め、優良企業はせっせと借金を返していた。バブルの狂騒を経て、銀行も商社も厳しい時代を迎えることになる。

  • 40年前の威容を留める三菱UFJ銀行の本店(右手前)だが、周囲の高層化で埋没感も
    40年前の威容を留める三菱UFJ銀行の本店(右手前)だが、周囲の高層化で埋没感も
  • 40年前の威容を留める三菱UFJ銀行の本店(右手前)だが、周囲の高層化で埋没感も

新スマホで記念写真

   丸の内の景色は、界隈の「大家」に擬せられる三菱地所の再開発で一変した。丸ビルの建て替え(2002年)に始まる大プロジェクトだ。山崎さんが勤めていた三菱商事のオフィスがあった土地には、2009年に34階建ての丸の内パークビルディングが竣工、くだんの銀行本店を逆に見下ろしている。

「東京駅前の巨大なランドマークとなった丸ビルも、当時は(旧三菱商事本店と)同じ高さだった。士業(弁護士、公認会計士、税理士など=冨永注)の事務所や大物らしい人物の個人事務所などが多数入居していて 権利関係が錯綜し、丸ビルの建て替えは無理だと言われていた...三菱地所の執念の賜(たまもの)だろうか」

   山崎さんは暑さが和らいだ9月下旬のある日、買ったばかりの新型iPhoneのケースを求めて丸ビル横のアップルストアに立ち寄った。そのまま有楽町方面に歩きながら、懐かしい銀行本店ビルを見上げ、スマホで写真に収めたという。

「新型で撮った記念すべき最初の写真が銀行の本店とは、つまらなくも思えるが、自分は元財務マンなのだ。40年経って懐かしいと思えるものがあるとは、サラリーマンも悪くなかったと思い直した。ビルには建て替えの噂がある。立派な本店ビルは、しばしば経営の曲がり角になる。大丈夫かな」

思い出に浸る

   山崎さんは三菱商事を退職後、金融界で12回の転職を重ね、2005年に楽天証券経済研究所の客員研究員に迎えられた。資産運用に関する著書や講演も多い。

   この新連載について、週刊現代の伊東陽平編集長は巻末「音羽の杜から」で以下のように紹介している。〈がんを患いながらの日常を、経済評論家ならではの視点で描いていただくエッセイです。病を得た人の言葉は重みが違います〉。

   なるほど、と思った。経済コラムにしてはテーマも筆致も柔らかいな、と感じながら拝読したからだ。「お金のことは二の次に」のタイトル通り、ご自身の健康を含む身辺雑記を 経済の切り口で書いていくのだろう。食道がん闘病中と知って再読すれば、「サラリーマンも悪くなかった」などの独白がいっそう味わい深い。

   企業を社屋と重ねて想起するのは、昭和世代のアナログ思考かもしれない。筆者より2歳上の私には、それがよくわかる。銀行の本店はどこも豪奢である。金融担当記者だった1980年代末、私も本作に登場する三菱本店の「赤絨毯」を何度か踏んだ。

   大手町から丸の内、有楽町に至る一帯には、名だたる大企業の本社が集まる。再開発も盛んで、新たな高層ビルが建つ一方、消えた風景も多い。全ての街角に人それぞれ、悲喜こもごも、ビジネスにまつわる記憶が層をなしているはずだ。

   昔話は高齢者の好物。過去を振り返るようになったら進歩は望めないともいう。私も前だけ見て生きてきたところがあるが、還暦を過ぎて 最終コーナーにさしかかったあたりで考え直した。思い出に浸るのも、限りある人生の大切な営みではないかと。そして、どっぷり浸れる記憶を蓄えるべく、今をしっかり生きようと思っている。

   さしあたり、11月16日から始まる冬の風物詩「丸の内イルミネーション 2023」でものぞいてみようか。

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   長らくご愛読いただきました「コラム遊牧民」は、この第300回をもって終了します。お陰様で、筆者の想定をはるかに超す長寿コラムになりました。J-CASTトレンドで全作をお読みいただけます。なお、6年近い連載を振り返る「番外編」を準備中です。

冨永 格

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