思い出に浸る
山崎さんは三菱商事を退職後、金融界で12回の転職を重ね、2005年に楽天証券経済研究所の客員研究員に迎えられた。資産運用に関する著書や講演も多い。
この新連載について、週刊現代の伊東陽平編集長は巻末「音羽の杜から」で以下のように紹介している。〈がんを患いながらの日常を、経済評論家ならではの視点で描いていただくエッセイです。病を得た人の言葉は重みが違います〉。
なるほど、と思った。経済コラムにしてはテーマも筆致も柔らかいな、と感じながら拝読したからだ。「お金のことは二の次に」のタイトル通り、ご自身の健康を含む身辺雑記を 経済の切り口で書いていくのだろう。食道がん闘病中と知って再読すれば、「サラリーマンも悪くなかった」などの独白がいっそう味わい深い。
企業を社屋と重ねて想起するのは、昭和世代のアナログ思考かもしれない。筆者より2歳上の私には、それがよくわかる。銀行の本店はどこも豪奢である。金融担当記者だった1980年代末、私も本作に登場する三菱本店の「赤絨毯」を何度か踏んだ。
大手町から丸の内、有楽町に至る一帯には、名だたる大企業の本社が集まる。再開発も盛んで、新たな高層ビルが建つ一方、消えた風景も多い。全ての街角に人それぞれ、悲喜こもごも、ビジネスにまつわる記憶が層をなしているはずだ。
昔話は高齢者の好物。過去を振り返るようになったら進歩は望めないともいう。私も前だけ見て生きてきたところがあるが、還暦を過ぎて 最終コーナーにさしかかったあたりで考え直した。思い出に浸るのも、限りある人生の大切な営みではないかと。そして、どっぷり浸れる記憶を蓄えるべく、今をしっかり生きようと思っている。
さしあたり、11月16日から始まる冬の風物詩「丸の内イルミネーション 2023」でものぞいてみようか。
長らくご愛読いただきました「コラム遊牧民」は、この第300回をもって終了します。お陰様で、筆者の想定をはるかに超す長寿コラムになりました。J-CASTトレンドで全作をお読みいただけます。なお、6年近い連載を振り返る「番外編」を準備中です。
冨永 格