GINGER 11月号の「今更言葉でイマをサラッと」で、壇蜜さんが〈とか〉という助詞を採り上げている。この連載、趣旨は〈言葉を大事にする壇蜜さんが"今となっては見慣れすぎて見過ごしがちだが、よく考えると奥深い言葉"を「今更言葉」と名付けて考察します。〉というもの。今号で69回を数えること、著者が週刊新潮でも長期連載を抱える点からしても、日本語へのこだわりは「本物」と思われる。
「彼氏とかいます? と聞かれて『彼氏とか?...〈とか〉のあとは旦那とか? 彼女とかいるか? って話かな...』と何となく気になってしまうのは、私が父から『とか矯正』を受けていたからだろうか」
壇蜜さんが言う「とか矯正」とは、学生時代の彼女が父上から 〈とか〉を使うときは二つ以上の事柄を挙げなさいねと、何度もチェックされた経験をさす。
「ただの口語表現と割り切ればいいものを...『ネコとか好き』『小説とか読んでる』と言えば父は『とかを使うのは2つ以上あるときだよ』と指摘してくれたものだ」
そのたびに筆者は「ネコとか熱帯魚が好き」「小説とか漫画を読んでる」と、二つの目的語を並べた文体で言い直したそうだ。ちなみに、お父様は国語教師とか文筆業とか 言葉の専門家ではなく、普通のサラリーマンとのことである。
「父の『とか矯正』は今でも、いや、今だからこそありがたいなと思う。思春期の頃は『また言われたー』と しかめ面になるときも正直あったが」
小指を立てる人
ここで壇蜜さんは、「とか矯正」に反した会話を例示する。
「嫌いなものとかあります?」「苦みの強い野菜とかは得意じゃないですね」
「お酒とか飲みます?」「缶チューハイとかはよく家とかで飲んでます」
「質問する側が何となく特定をさけたい気持ちがあるのか...答える側も...強調していませんよ、そんなにこだわりある訳ではありませんよ、と伝えたいときに用いられがちだ。質問や答えをぼやかしたい気持ちは分かるが...『とか』の使いすぎは当人の印象すらぼやかしてしまう危険性があるので ご用心」
もちろん、「とか」を使って具体例を羅列する「正しい人」もいる。壇蜜さんに「お酒は飲みます?」と聞かれたその人は、こう答えたという。
〈そうですね、チューハイとかビールとかハイボール、あ、あとオレンジのカクテルなんか好きで飲んでいます。最近はコンビニでも美味しいのたくさん売ってますよね~ こないだも...〉
「少し年上の女性だったが、指を折りながら複数回答する姿が妙に可愛くて、キュンとした。4つ挙げてくれたので、小指を立たせたまま喋り続けるなんて、可愛すぎるだろう」
近年の用法
広辞苑で〈とか〉を引くと...〈例示し列挙するのに用いる。例示する事項のあとに一々つけるのが本来だが、最後の例示のあとには付けないことがある〉。つまり「AとかBとか」が本来で、「AとかB」もありだ。
さらに「近年の用法」として〈一つの物事だけを挙げ、他を略す、または特定しないで言う表現〉とあり、例文として「コーヒーとか飲んだ」が添えられている。岩波国語辞典にも〈1980年ごろから、つけるまでもない文末に添えて、自分の発言の責任を内容とともにぼかす用法が若い世代で広まった〉とある。
すなわち、壇蜜さんが矯正された用法が、今では認知されているということだろう。言葉は生き物、新たな用法が次々に生まれ、流布されていく。
「彼氏とかいます?」と言わせる心理について、壇蜜さんも「特定を避けたい」「ぼやかしたい」のではと推測する。「彼氏いるの?」に比べ、ブシツケ感が少し薄められるのは事実だ。くだけたやり取りの中で、緊張を排し、自他を傷つけることなくフワフワと会話をつなぎたい、という優しさのなせる業かもしれない。
他方、壇蜜さんが「ご用心」と戒める通り、使いすぎは話者を幼く見せる。入社面接とか、目上の人との会話ではなるべく避けるのが無難と思われる。
感心したのはお洒落な末尾だ。なるほど、親指から薬指まで順番に折っていけば小指が立った状態で残る。〈とか〉を「正しく」使ったその女性が、筆者にはそれだけチャーミングに見えたのか...言葉にすればキュンとか、ドキリとか。
冨永 格