五十肩の地獄 三浦しをんさんは父親と大谷翔平に感謝する

不便を明るく

   五十肩、老父、そして大谷選手。三題ばなしのような構成である。

   中年娘のブラジャーを外すのに手間取る老父に、三浦さんは言い放つ。〈貴様は、ブラのホックはずしたことないのかー!〉 父親も負けていない。〈なにを言うんだ、しをん。あらゆるブラジャーをはずしまくってきたお父さんに向かって!〉

   半分は創作としても、一般的な親子とはひと味違う関係がうかがえる。ちなみに三浦さんの父君は千葉大学名誉教授(上代文学)の三浦佑之さん(77)だ。

   軽い五十肩になりかけたとき、私もTシャツを脱ぐのに往生した覚えがある。ブラは未体験だが、背中のホックを外すのは 想像しただけで節々が痛む動作である。

   夫や恋人に、ファスナーやホックの着脱を頼むことはあろう。赤の他人は論外として、父と娘というのは微妙な状況だ。年齢や日ごろの距離感にもよるが、三浦親子のあけすけなやり取りは微笑ましい。

   お父さんが娘の家に入り浸る理由を、筆者はこう想像する。「母に『大谷ばっかり見てないで、庭の草でも抜いて』って言われるからだろう」...苦痛と不便の日々を明るく仕立てるプロの筆。三浦随筆に欠かせないお父様も、脇役としていい味を出している。

   余人をもって代えがたし。著者宅でテレビを見るくらいの権利はある。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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