異常な酷暑 清水克行さんが「追体験は近い」とする昔人の苦心

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   週刊文春(8月31日号)の「室町ワンダーランド」で、明治大学教授の清水克行さんが 酷暑と日本の生活様式について書いている。ご専門は日本中世史だ。

   冒頭はNHKに時代考証を任された「タイムスクープハンター」の話から。2009~2015年に放送された歴史教養番組で、未来の「時空ジャーナリスト」(要潤)が過去にワープし、往時の生活を報告する。こだわりは細部のリアリティーだった。

「江戸庶民に注目した回では...男優さんはみなカツラではなく、本当に地毛を剃って髷と月代(さかやき)を作り、女優さんは本当に眉剃りをして...お歯黒を塗った」

   浅黒く日焼けした庶民の皮膚感をと、俳優には赤茶のファンデーションに泥を混ぜて塗りたくる。こういう下準備を「汚し」というらしい。清水さんもエキストラとして出演したが、風呂に入っても色がなかなか落ちず 往生したそうだ。そうした工夫がドキュメンタリー風の映像につながり、視聴者には好評だったという。

   「汚し」で活躍したのが、戸外のホコリっぽさを演出するコーンスターチ(料理などに使うトウモロコシ由来のでんぷん粉末)だ。片栗粉や小麦粉、石灰などを試した末の選択だった。出演者や撮影セットには大量のコーンスターチがまぶされ、出演者が動くたびにあたりを粉塵が舞った。

「時代考証者としては反省点も無くはない。過度に清潔が追求される現代社会と違って、前近代社会が薄汚れて不衛生であったことは間違いない。ただ、日本の伝統的な汚さというのは...ジメジメした湿気を帯びたモンスーン型の汚さなのではないか」
  • この夏の暑さは歴史的、街頭ミストもフル稼働=東京神田で
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着物から住居まで

   高温多湿の日本の風土は、着衣に影響した。

「古代の日本人の着物は、高松塚古墳の壁画のように中国・朝鮮風の筒袖が一般的だった。ところが、わきの下まで締まった筒袖は...汗ばんで着心地が悪い。そこで平安期以降...袖がゆったりと広がった着物が独自に開発され...和服のルーツとなった」

   気候風土の影響は、もちろん家屋にも及ぶ。

「冬の寒さは家の中でも衣服を着こめば耐えられなくもないが、暑さと湿気だけはどうにもならない。とくに盆地である京都の夏の暑さはひとしおで...当然、昔の京都の貴族階級の住まいは、風通しの良い開放的な構造が選ばれた」

   ただ それは上流社会の話で、冬の重ね着にも限りがある庶民の住居は、寒さ凌ぐことを優先して造られていた。寒さは暑さ以上に生命に関わる。清水さん得意の室町時代、民家は暖気を逃さぬよう窓や出入口が小さく、軒が垂れ下がる。もちろん室内は暗く、年中ジメジメしていたと思われる。

「わが国の風土の最大の特徴は多湿であって、もしそれにもとづいて『汚し』を演出するなら...ジメジメした感じを出すべきだったのかもしれない...快適生活に慣れ親しんだ僕らにはなかなか想像が及ばない領域なのかも...目下の異常な夏の気候を思えば、僕らが過去の人々の苦心を追体験できるようになる日も、そう遠いことではないだろう」
冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。
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