「警視庁も失敗した」
「朝鮮人が襲撃してくる」という流言は、自然発生的なものだったのか。
『証言集 関東大震災の直後 朝鮮人と日本人』 (2018年刊、ちくま文庫)によると、当時警視庁のナンバー2だった正力松太郎は、のちに「警視庁も失敗した」ことを認めている。一時は「朝鮮人騒ぎは事実」と信じたからだ。
編者の西崎雅夫さんによると、警察を管轄する内務省自体が「震災を利用し、朝鮮人は各所に放火し不逞の目的を遂行せんとし現に東京市内で爆弾を所持し石油を注ぎて放火するものあり」と全国に打電していた。西崎さんは、「公的機関によって裏打ちされた流言飛語」が被災地を席巻し、地方で発行された新聞がそれらをそのまま掲載し輪をかけたと指摘している。
戦後NHK会長にもなった野村秀雄は当時、朝日新聞の政治部記者だった。同僚の社会部記者が、「各所を鮮人が襲撃しているから、朝日新聞で触れ回ってくれと警視庁が言っている」と駆け込んできたと振り返っている。評論家の中島健蔵は、警察署の板塀に「不逞朝鮮人が反乱を起こそうとしているから警戒せよ」という張り紙が出ていたことを記憶している。治安当局が、惨殺を引き起こすフェイク情報の発信源になっていた。