セピア色の文章
特集「新しい、定番家庭料理」の前文は、大意〈定番の家庭料理も、時代や自身の環境に合わせ進化する。新しい"家庭の味"をご紹介します〉とある。宮下エッセイに続き、「豚の生姜焼き」「肉じゃが」「ポテサラ」「チキン南蛮」などが新たなレシピで並ぶ。
宮下さんは今年53歳。2004年、冒頭に出てくる娘さんを妊娠中に書いた『静かな雨』が認められ、作家になった。つまり定番料理が変遷したこの20年は、小説家の地位を固めていく時期に重なる。子育てに追われる専業主婦から作家へ、人生が一変したのだから食卓の風景が変わるのは自然なことだろう。
料理に「全熱量」を注いだ20年前の暮らしについて、筆者は「たしかに ひとつの しあわせのかたちだったに違いない」と顧みている。漢字で書ける言葉を仮名にすることで、文字は古写真と同じ「セピア色」を帯びる。往時の気持ちを正確に再現できない以上、記憶は自ずと曖昧に、文章も断定を避けつつ柔らかな調子になる。
日々の家庭料理は、ハンバーグやカレーといった一般名詞で呼ばれるものは少ないかもしれない。〈厚揚げとインゲンをササッと煮たやつ〉とか〈モヤシと豚ひき肉を焼肉のたれで炒めたアレ〉とか。中には家族だけが解する暗号めいた呼称もあろう。
老舗の料理屋ならいざしらず、家庭料理の「定番」は移ろうのが当たり前。たとえば四季にひとつずつ、それこそ家族のリクエストで決めるくらいでいい。
冨永 格