深夜のドーナツ 松重豊さんは「端から端まで食ってやる」と

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変わるイメージ

   松重さん主演の「孤独のグルメ」(2012年~テレビ東京系)が深夜帯で始まった頃、就寝前に大写しされる旨そうな料理、旨そうな食べ方が話題になった。観てから食べに出られる時刻でもなし、視聴者に溜まるフラストレーション、寝かけた腹の虫を叩き起こすインパクトゆえ、SNSでは「夜食テロ」「飯テロ」と呼ばれた。

   さて、思春期の「眠れぬ夜」から始まる本作。福岡時代の語り口、横道に逸れて母親のケンタ通い、そして冒頭に絡めた落語のようなオチまで、安定の松重節である。コラムにせよエッセイにせよ、ツボを押さえた文章は安心して読める。

   タイトルは〈眠らない街の眠れない若者のため 深夜営業の店に並ぶ無数の穴〉とある。「穴」とはもちろんドーナツのそれである。個人の感想だが、ドーナツに深夜は似合わない、いや似合わなかった。昼下がりにふさわしい軽食だった。それが真夜中にも食べられるようになり、イメージ的にはやや大人びた。

   普通に穴があるのと、穴が無いあんドーナツ系のみという単純明快な時代は1960年代まで。いまやフレンチクルーラーにポンデリング、オールドファッションと、形状により洒落た名前がつく。ミスドの上陸と全国展開で、そうした新商品は津々浦々に広まった。他方、筆者が夢中の名物のように、希少価値が売りになる品も健在だ。

   ファストフードやチェーン店が変えたもろもろを 己の人生に重ね、松重さんは淡々と書き進める。短いがアナのない文章である。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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