変わるイメージ
松重さん主演の「孤独のグルメ」(2012年~テレビ東京系)が深夜帯で始まった頃、就寝前に大写しされる旨そうな料理、旨そうな食べ方が話題になった。観てから食べに出られる時刻でもなし、視聴者に溜まるフラストレーション、寝かけた腹の虫を叩き起こすインパクトゆえ、SNSでは「夜食テロ」「飯テロ」と呼ばれた。
さて、思春期の「眠れぬ夜」から始まる本作。福岡時代の語り口、横道に逸れて母親のケンタ通い、そして冒頭に絡めた落語のようなオチまで、安定の松重節である。コラムにせよエッセイにせよ、ツボを押さえた文章は安心して読める。
タイトルは〈眠らない街の眠れない若者のため 深夜営業の店に並ぶ無数の穴〉とある。「穴」とはもちろんドーナツのそれである。個人の感想だが、ドーナツに深夜は似合わない、いや似合わなかった。昼下がりにふさわしい軽食だった。それが真夜中にも食べられるようになり、イメージ的にはやや大人びた。
普通に穴があるのと、穴が無いあんドーナツ系のみという単純明快な時代は1960年代まで。いまやフレンチクルーラーにポンデリング、オールドファッションと、形状により洒落た名前がつく。ミスドの上陸と全国展開で、そうした新商品は津々浦々に広まった。他方、筆者が夢中の名物のように、希少価値が売りになる品も健在だ。
ファストフードやチェーン店が変えたもろもろを 己の人生に重ね、松重さんは淡々と書き進める。短いがアナのない文章である。
冨永 格