涙の「没収食堂」 角田光代さんが空港でお別れした食品たち

来店不要なのでコロナ禍でも安心!顧客満足度1位のサービスとは?

「空の関所」二つ

   旅の終わりに外国土産を持ち帰るにあたり、空の関所は大きく二つある。まずは搭乗前の保安検査、そして帰国時の税関だ。角田さんが痛い目に遭ったのは前者。爆発や発火の恐れがあるもの、有毒物、凶器になり得るもの、液体も100㏄を超える容器に入ったものはNGだ。これにはマヨネーズやオリーブ油、各種調味料なども含まれる。

   欧州にいた頃、現地の日本人にとって最大の難関はむしろ後者、日本入国時の税関手続だった。ご禁制だった本場のハム・ソーセージ、日本では珍しかったホワイトアスパラ、丸ズッキーニなどの野菜をなんとか知人に届けたい。まじめで優秀な税関職員や、税関フロアを徘徊する探知犬との知恵比べである。私も仄聞したが、各国の日本人コミュニティーでは、虚実ない交ぜた武勇伝が語り継がれているはずだ。

   食エッセイの質と量でもわかる通り、角田さんはグルメというか食いしん坊。仕事で海外に出た時も、自由時間はスーパーや市場めぐりにあてる。手料理が並ぶ食卓や、友との語らいを想いながら、あれもこれもと買い込んだ珍しい品々。その過半を召し上げられては「没収食堂」といった嫌味のひとつも言いたくなる。まあ職員だって、レトルト食品やソースを危険物とは考えていない。ルールに忠実なだけだ。

   空港での没収品は、紛れ込む悪意を完全に除くため、互いの心身の平穏のため、さらには国内産業を守るために 搭乗者が差し出した貢ぎ物といえる。それで成り立つ食堂には、さてどんな名前がふさわしいだろう。

   ずばり〈Security〉か、提供者の視点で〈Seized〉〈Regret〉あたりか。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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