思い込みのワナ 林田英明さんは「神田川」といえば4畳半と...

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歌詞に否定され

   校閲者が交代執筆するこのコラム。いつも思い込みの怖さを突きつけられ、かつての冷汗がよみがえる。今回はそれに、『神田川』から半世紀か...という感慨が混じった。

   林田さんが初めてこの曲を聴いたのは中学時代、「大人の世界をのぞき見るような感情を抱いた」そうだ。私は高校生。修学旅行のバスで、最後列のグループが歌っていたのを覚えている。思い返せば、これほど合唱に適さぬ曲もない。

   さて、同棲哀歌の舞台は思った以上に狭かった というお話だ。「4畳半フォーク」なるキーワードの引力、恐るべし。そもそも「3畳一間」という間取り自体、大人二人の生活空間にはなり得ない、というのが現代の感覚である。

   作詞の喜多條は大阪から上京、学生時代(1960年代後半)の一時期、同じ早大生と高田馬場駅近くで同棲していた。詞は当時の思い出をベースに女性側の視点で綴られる。部屋の広さに関する思い込みを二番の歌詞が否定している。前後を再録すると...

〈貴方はもう捨てたのかしら 二十四色(いろ)のクレパス買って 貴方が描いた私の似顔絵 うまく描いてねって言ったのに いつもちっとも似てないの 窓の下には神田川 三畳一間の小さな下宿 貴方は私の指先見つめ 悲しいかいってきいたのよ 若かったあの頃 何も恐くなかった ただ貴方のやさしさが恐かった〉

   動かぬ証拠を前に、先輩も後輩もありゃしない。若手の気配りに平身低頭の林田さん、照れ隠しに歌詞を引きながら、懺悔録を上手にまとめている。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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