イワナの顔 やまとけいこさんは取り残された一匹にエール

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渓流の王様

   やまとさんは1974年生まれ。若いうちに山歩きや沢登りに目覚め、29歳で山小屋でのアルバイトを開始、6~10月は北アルプスの最奥部にある薬師沢小屋で生活するようになる。『黒部源流山小屋暮らし』(2019年、山と溪谷社)などの著作がある。

   この短いエッセイは、そんな生活でのひとコマを描いたものだ。増水が引いた後、水たまりに取り残されたイワナ。一般的には非日常のシチュエーションだが、筆者にとってはこれも日常の一部である。運の悪い一匹を見つけても「おや」のひと言。無用の「!」を排し、一部始終を淡々と記している。

   イワナ(岩魚)は貪欲な肉食性で、「渓流の王様」とも呼ばれる。同じように河川の上流に棲息するヤマメ(山女)と並ぶ人気魚だが、源流に近い最上流域の冷水を好み、その大きさと量で森の豊かさを示すバロメーターとも言われる。

   作中の魚は「大きなイワナ」というから30㎝クラスか。警戒心はヤマメほど強くないとされるが、物理的に逃げられない状況で人間と対峙するのは初めてに違いない。「肉厚の唇と小さな心臓をパクパクさせながら...」という描写に、必死さが見て取れる。

   渓谷や清流に、まさに自然体で融け込んでいる人が綴る身辺雑記。水たまりに封じられた魚との遭遇にも、ことさら構えず、無駄に高まらず、見たままを伝えてくれる。それは黒部源流の清水のように、比類なき透明感で読者の心に流れ込む。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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