屋根がない非日常
いまさら隠しようもないが、私もオープン愛好者である。
新聞社に就職し、配属先(山口総局)で買った新車は黄色いスズキジムニー(1980年式)。非番の時は幌を外して運転した。もちろん、上司には「隠密行動もある仕事なのに目立ち過ぎだ」と怒られた。ちなみに、ひとつ上の先輩はくすんだ色の中古カローラだった。
いま乗っている、たぶん人生最後のマイカーとなるスポーツカーも幌式だ。オープンエアの開放感はクセになる。
よく「冬は寒くないの?」と聞かれるが、同じ空気に晒されている歩行者や自転車と変わりはない。いや、左右の窓が寒風を防ぎ、下半身にヒーターが効く分、歩行者より快適である。防寒着に身を包めば、公園のベンチでひなたぼっこをしているようなものだ。むしろ辛いのはエアコンが効かない夏である。日頃 そのあたりの説明に難渋していただけに、これからは「露天風呂」のたとえを使わせてもらおう。
下野さんは青天井と表現したが、車に屋根がない非日常感を「何か」にたとえるのは難しい。乗馬とは別物だし、ハンモックとも違う。私が助手席に乗せた親戚の女性は「遊園地のアトラクションみたい」と感激してくれた。
他方、眼前のトラックの排ガスや砂ぼこりが舞い込み、季節によってはスギ花粉、桜の花びら、紫外線、落葉などが降り注ぐ。私の車のように幌の着脱が手作業なら、常に空模様を気にすることにもなる。そうした不都合もひっくるめての「オープン愛」なのだ。
お陰で人生が変わったとは言わないが、人生の楽しみ方は教わった。
冨永 格