記憶の引き出し
旅の構想を練りながら思い出した「青すぎて若すぎる一日」 そして親友の話である。カツセさんは36歳だから、明治大学に在学していた時代はそれほど昔ではない。ただ一般的に、大学を出て30代半ばまでは たいてい仕事や恋愛をはじめ色んなことが高密度で詰まっており、青春の思い出は遥か後景に退いていることもある。
カツセさんも親友の「原くん」を忘れていたのではなく、記憶の奥にしまい込んでいたのだろう。そして、しまい込んだこと自体を忘れていた。というより人間には、日常的に使う記憶とは別の、永久保存用の引き出しがあるのかもしれない。
服も同じことで、普段使いのものはハンガーにかけて出しっぱなしのことがある。逆に、礼服などと共にタンスやクローゼットの奥に眠る一群もある。普段使い=お気に入りは四季それぞれ、自分の好みに応じて移ろう。
自分の成長に合わせて変わっていくという意味で、人間関係を服の好みに重ねるレトリック。私は初見だったが、納得できる喩えである。人間関係の濃淡が変わるのは自分が薄情だからではなく 成長したから、自然の成り行きと捉えれば気も楽だ。
カツセさんの作品は、何かを声高に主張するものではない。日常のひとこまから展開していく筆致には、どこか着古したシャツのような心地よさがある。
冨永 格