師匠の至福 杉本昌隆さんは弟子の快進撃で充実の日々

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無二のタイトル

   連載100回にあたっての、「苦しんだ原稿より、楽しんだほうが納得いく作品に仕上がる」という気づきは、気持ちを織り込んで書き進むエッセーにおいては真理だと思う。本作も、杉本さんが楽しんで書いている様子がよくわかる仕上がりだ。

   それもそのはず、将棋界の8タイトル(竜王、名人、王位、王座、棋王、王将、棋聖、叡王)のうち、弟子の藤井さんは最年少で六冠を達成し、残すは名人と、永瀬さんが握る王座のみ。向かうところ敵なしの勢いである。

   弟子に超えられた師匠の心境は如何に。見るからに性格が良さそうな杉本さんとて人の子、心中穏やかでない日々もあったに違いない。それが今では、自らピエロ役を買って出たような書きぶりからも分かる通り、達観の境地にあるかのようだ。それほど、藤井さんは規格外の棋士ということなのか。

   杉本さんは、将棋界でも唯一無二の肩書を手にしている。「あの藤井の師匠」という、失うことのない「永世タイトル」である。育ての親だからこそ知る逸話はメディアに出し尽くしたかもしれないが、藤井さんが現役を続ける限り「師匠の視点」にはニーズがあろう。杉本さん、隠さず 出しゃばらず、そのあたりの呼吸が絶妙だと感心する。

   こんな弟子に恵まれ「つらい」はずがない。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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