駅弁のエロス 中沢新一さんは 全国の地霊と交わりながら食す

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もう一つの霊力

   本作の表題は「地霊を食らう旅の友」である。なるほど巧いことを言う。

   中沢さんによると、日本は世界に冠たる駅弁王国で、種類の多さや食文化への浸透ぶりは他国を寄せつけないらしい。百貨店で毎年「駅弁大会」が催され、入場制限するほどの客が押し寄せるのも日本ならではの現象か。

   海山の幸と、気候や風土がしみ込んだ料理法。いわば伝統や歴史を小箱に詰めた駅弁に宿るのは、地霊そのものだと中沢さんは書く。「駅弁を開くとき、鉄道旅行者は非日常の感覚を強くかきたてられる...駅弁はその非日常感をいっそう刺激する」というあたりは、ごく常識的な記述である。そこから飛躍し、駅弁とは「食材を育んだ地霊とのまじわりだ」との解釈に至る展開には、戸惑う読者も少なくないと思われる。

   地霊とは、大地に宿るとされる霊的な存在(広辞苑)。霊の字がつくからまがまがしい語感になるが、土地の神様と言い換えれば穏やかだ。土地の神様が育てた食材や料理を器に詰めたもの、それが駅弁の文化的な意味となる。

   旅先の車中で空腹を満たすにとどまらず、異郷にいる非日常感を増幅する小道具...であれば、その土地で食さないと「まじわり」のありがたみも半減だろうか。いや、駅弁大会の肩を持つわけではないが、「旅した気にさせる」という霊力も侮れない。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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