婦人公論4月号の「老いの実況中継」で、樋口恵子さんが老後の趣味について書いている。この連載は今号が第3回、「90歳、徒然なるままに」の副題がつく。間もなく91歳になる樋口先生、まだまだお元気そうな暮らしぶりである。
半ば過ぎまでは読書のこと。まずは、寝転んで本を読む癖を娘に注意される話からだ。ベッドで本を読んでいると 飼い猫が体にのってくる。猫を落とさぬよう気をつけていたところ、ある日、自分のほうがベッドから転落し、頬にあざが残ったという。
「先日も仕事から帰宅した娘が、たぶん安否確認もかねて私の部屋に来て、いつものお小言。わが国には『老いては子に従え』などという格言があるようですが、ベッドに寝っ転がって読書をするのは私にとって至福の時間なのです。これを取り上げられたら、大げさではなく 生きている甲斐がないので、お小言は聞き流しています」
横になっての読書は、中学1年で患った結核に始まるようだ。1年を超す休学で、ほぼ寝たきりの生活を送ったという。以来、本は横臥して読むのが習いとなった。
「早世した兄が残してくれた本と猫がいなかったら、退屈で耐えられなかったでしょう...お行儀にはうるさい家でしたが、娘が不憫で怒れなかったのだと思います」
ヨタヘロを防ぐ
趣味といえば読書三昧の樋口さんも、かつては「お出かけ」を伴う余暇を満喫した。高校から大学まで混声合唱団にいたこともあって、中でも音楽の舞台は楽しみだった。
「連れ合いが元気だった頃は、1年間 必死でお金を貯めて、ウィーンまでニューイヤーコンサートを一緒に聴きに行ったこともありました。日本でも、オペラ好きの年上女性の肝煎りで、海外からの『引っ越し公演』を10人くらいで観に行ったり...ああでもないこうでもないと感想を言い合うのも楽しい時間でした」
ところがある時、オペラの先達が「もう行けない」と言い出した。聞けば、オペラは一幕が長いから、トイレが心配なうえに腰も痛くなると。樋口さんたちの鑑賞グループは、かくして メンバーの加齢とともに自然消滅してしまう。
「趣味にも、老いは忍び寄ってきます...コーラスの会に誘われても、しょっちゅう転ぶヨタヘロ期の私には、趣味のために外出すること自体、ハードルが高いのです」
筆者はいま 病に臥せた少女時代に還り、読書と猫に癒される日々を過ごす。そこで読者へのアドバイスとなる。外出したり 運動したりの生活を一日でも長く続けられるよう、動ける間に先手を打っておくべきだと。
「私の体験から来る提案です。とくに文化系だった人、運動をしてこなかった人は、元気なうちに趣味活動のひとつをゆるやかな体育会系に変えたらどうでしょうか...」
樋口さんはヨタヘロ期に逆らうべく、万全の状態なら趣味に使うべきお金を 個人指導のリハビリに充てているそうだ。
「年を重ねたら、趣味の一部は体育会系に。だって体は、命を載せて運んでくれる器なのですから」
安上がりの歩き
豊かな老後のためには、屋内外で一つずつ趣味を持つことだという。邸内では読書、楽器やカラオケ、絵画、音楽・映画鑑賞、麻雀、手芸、料理など、戸外なら釣り、ゴルフ、テニス、ドライブ、スキー、山歩き、旅行、家庭菜園などが浮かぶ。ただ樋口さんが書く通り、とりわけアウトドア系では 加齢で「引退」を迫られる趣味も多い。
樋口さんの提案は、「いつまでも動ける身体」のために、体育会系の趣味で老化を遅らせましょうというものだ。
なんの制限もなく日常生活を送れる期間を「健康寿命」という。日本人の平均(2019年)は男性が72.7歳、女性が75.4歳。その先にある平均寿命までの10年ほどは、杖の常用から認知症、寝たきりまで、様々な形で「不健康」な期間となる。
こうした数値をもとに考えれば、60代から意識して「体育会系」に勤しむ必要がある。私も、趣味というより肥満解消の必要に駆られ、50代からウォーキングに励んでいる。平凡なエクササイズだが、例えば風景や草花の写真を撮りながら歩けば、立派な趣味といえよう。しかも、1~2年で履き潰すシューズを除けば金もかからない。
収入も支出も限られる年金生活。生活費を削ってのジム通いなど、新たなストレス要因だろう。心が「ヨタヘロ」になったのでは本末転倒だ。
冨永 格