哲学者と対話
坂本さんのニックネームは「教授」。東京芸大の出身者が当時、ポップスの世界にかかわることは珍しかった。クラシック音楽の知識が豊富な坂本さんは、仲間から畏敬の念も込めてそう呼ばれたようだ。
しかし、坂本さんの教養・学識は、音楽のみにとどまるものではなかった。
父の坂本一亀さんは、戦後史に残る著名な文芸編集者だった。三島由紀夫、野間宏、高橋和巳らを送り出した人だ。自宅には山のように本があり、坂本さんは中学生のころから、デカルト『方法序説』など難解な書籍を手に取っていた。大江健三郎や埴谷雄高、吉本隆明、哲学者のデリダなども愛読していた。
そうした蓄積を示すのが哲学者の大森荘蔵さんとの共著『音を視る、時を聴く 哲学講義』(1982年刊)だ。YMOで人気絶頂の坂本さんが哲学者との対話本を出したということで当時、大いに話題になった。
「音楽家の僕が哲学というおよそ縁遠い学問の受講者であることに疑問を持つ方も多いだろうと推察します」「西洋音楽は二十世紀に入り明らかにそれまでとは質を異にする非常な混乱の相を呈し、つき従ってきた音楽生徒である僕も自然にその混乱の渦中に引き込まれ現在に至っているという次第です」などと、哲学に接近する理由を語っている。