豆腐の味 角田光代さんはその旨さに目覚め 成長を自覚した

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味を迎えに行く

   「豆腐特集」はこの角田エッセイに続き、多彩な料理を基礎から応用までレシピ付きで紹介している。ただ、どれも絵としてはいささか地味である。

   「一番の大好物は豆腐です」と本音で言える人は少ないだろう。もちろん、心静かに食せば大豆の味や香りがするし、喉越しも口解けもいい。だが そこまでの話。しょせん安価な加工食品であり、食卓ではもっぱら渋い脇役のポジションである。角田さんの思いも長らくそんなところだった。

   ところが40代で旨さに目覚めてからは、その実力を過小評価してきた自分を反省する。「シンプルな味わい」をよしとする舌と心を、若い私は持ち合わせていなかったと。軽視から熱愛へ、なかなか振れ幅の大きい豆腐観だ。

   豆腐に限らず、大人になって旨さを知る食材は少なくない。加工食品では厚揚げ、湯葉、がんもどきなど、なぜか豆腐一族に多い。野菜ならナス、サトイモ、レンコンあたりか。毛嫌いする者も溺愛する人も少ない、自己主張の弱い食べ物たちである。

   それらが秘める、茶色軍団にも負けない旨さを知るには、五感を磨き 味を迎えに行かねばならない。この手間こそ「きちんと大人になる」ことであり、それなしに食エッセイの名手は生まれ得なかった。

   万感を込めた結語の「よかった」を、多くの角田ファンと共有したい。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。
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