山小屋の暮らし 小川糸さんが求めた「繭のように守られる家」

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薪ストーブも備え

   小川さんの山小屋は、三角屋根の二階建て。地元産のカラマツを外壁に使い、自然光の具合によっては家全体がアメ色に光るそうだ。一階には土間と寝室、風呂にトイレ。二階のLDKには四方に大きめの窓があり、そこから東西南北の森を望めるらしい。

   定点発信型の読み物は、発信地がすべてと言ってもいい。たとえば私が「寄り道だらけの東京日記」を書いたところで内容は知れている。その点、山にせよ海にせよ、自然に囲まれた暮らしはそれだけで大変なアドバンテージである。

   自然と隣り合わせといっても、農家や漁師では大抵そんな余裕はない。そういう土地で生活しながら、継続的に身辺雑記を書ける人は限られるから、必ずニーズがある。

   小川さんの暮らしも魅力的だ。外壁やドア材に使ったカラマツは、ほんのり洋菓子のような甘い香りを放つそうだ。そして視界のどこかに常に緑がある。巨石がごろごろと転がる森を、私もその二階から、鳥の目で眺めてみたい。薪ストーブもうらやましい。

   「まだやったことのないことをしてみよう」と思い立った小川さんは、50歳を前に「山小屋暮らし」という大きな決断をした。それを可能にしたのは、時間が自由になる作家という生業であり、それなりの財力であり、日進月歩の情報技術である。

   幸か不幸かリモート文化の定着で、自由業であれば高いコストを払って都会に住むべき理由はほぼない。物書きなら前述の通り、「特別な土地」からの発信により作品の価値はむしろ高まるだろう。山暮らし関連、あるいはより広く 地方視点でコメントを頼むなら小川さん...という時代が来るかもしれない。

   まさに すてきなハンドメイド、いい買い物をされたと思う。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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