読まれる意図 小川哲さんはレジで献立がバレるのが恥ずかしい

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創作の宿命

   小川さんは間もなく36歳。2018年に『ゲームの王国』(早川書房)で日本SF大賞と山本周五郎賞を受賞し、人気作家の仲間入りを果たした。

   冒頭は東京大学時代のキャンプ。口では嫌だと言いながら、池に飛び込む準備を怠らなかった自分を恥じる話である。もっと絞り込めば、携帯電話を預かった友人が〈こいつ、実は飛び込むつもりなんだな〉と見透かしていたであろうことが恥ずかしいと。

   これは理解できる。飛び込まなくても、あるいは飛び込んでケータイをダメにしても、筆者は違う後悔に苛まれただろう。携帯を救いつつ 場の空気に合わせるという結論は、筆者なりの合理的判断であり、その代償としての 避けがたい恥ずかしさといえる。

   意図を読まれた経験がトラウマになっているのか、スーパーのレジで献立を見破られるのも辛いという。ここまでくると いささか病的にも思えるが、それはたぶん、自著の読者にありきたりのプロットを読まれるのが怖い、という結論にもっていくための「つなぎ」なのだろう。三段とびの真ん中、ステップの部分だ。ただし、当該エッセイのタイトル「フェイクブロッコリー」はここから取っている。

   他人に意図を正確に読まれる...いわば脳内や心を丸裸にされることへの抵抗は誰にもある。とくに読者や観衆を気持ちよく「裏切る」ことを求められる創作のジャンルでは、先を読まれてしまっては恥ずかしいどころか、作り手の完敗である。

   思えば同じ物書きでも、私が長くやった新聞記者はその種の気苦労とは無縁だった。誤読の余地や曖昧さをとことん排し、誰がどこから見てもカレーだとわかる具材だけを、勢いよくカゴに放り込んでいけばよかったのだから。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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